ちょうど時間も空いたことだし、迎えに行こうかと思い立って、サクラは里の大門に足を向けた。籠を背負った行商人や任務帰りの忍たちで賑わう大門を横目に見ながら、少し離れた場所にあるベンチに腰を掛ける。脇に抱えた本を膝の上に置くと、しおりを挟んだ部分に指を滑らせて、ページを開く。過ぎる時間を楽しむようにゆっくりと文字を追っていたら、顔の上に影が射した。
「もしかして、お出迎え?」
 首を少し傾げながら、カカシが覗き込んでいる。忍服には汚れひとつ付いていない。カカシほどの上忍が請け負うのだから厳しい任務だったはず。相変わらず見事な手並みだ。
「うん。殊勝でしょ」
「感激しちゃって涙出そう」
「そのわり、表情ひとつ変えないってのはどういうことよ」
 感情の抑揚がない上っ面な台詞に、本を閉じながら文句を言う。恩着せがましいことを言いたくはないが、「ありがとう」の一言ぐらいあってもいいんじゃないかとサクラには思えてならない。
「こういう顔なのよ。悪いねぇ」
 全然悪いとも思っていない様子でそう言ってのける。もう少し喜んでくれると思ったのだが、カカシはいつも通りボーッとした様子だ。あまりの無感動さに、本の角で殴ってやりたくなった。
「じゃあ、帰るとしますか」
 カカシの一声をきっかけにサクラは立ち上がり、二人は並んで帰路に着く。しばらくそのまま歩いていたが、大通りから細い路地に入ったところで、本を持っていない方の手にカカシの手が重ねられた。あまりの珍しさに、サクラは目を見開く。
 カカシと歩く時はいつも、二人の間に少しだけ距離があった。それは近すぎず、さりとて遠すぎず、実に奇妙なほどしっくりくる空間だった。人をあまり近寄らせないカカシの生き方を、まざまざと見せ付けられる。これがきっと、カカシにとっての精一杯なのだろう。サクラはそのことにある程度納得をしながらも、どこか寂しく思っていた。しかし今、カカシとサクラの間には、繋いだ手があるだけだ。手甲をつけていても、手のひらの感触はしっかりと伝わってくる。
「先生ぐらいの歳になっても、誰かと手を繋ごうって思うのね」
 サクラの口から出たのは、そんな疑問だった。手を繋がないのは歳のせいではないとわかってはいたけれども、素直な感想がそれだった。
「いくつになっても、人に触れるのはいいもんだよ」
「ふーん」
 もしかして先生、浮かれてるのかしら。カカシと手を繋いで歩くのなんて、はじめてのことだ。サクラはさりげなく探りを入れるが、覆面と額あてに邪魔をされてよくわからない。サクラは手をパッと離すとカカシの背後を走り抜け、右側に回った。傍らに揺れている右手を、今度は自分から掴む。
「どうした?」
「どんな顔してそういうこと言うのかなって思って」
「普通の顔ですよ」
 いつもの眠そうな目でカカシが言う。気のせいじゃないと思うんだけどな。うーん、と首を傾げながら、サクラは繋いだ手を軽く振ってみる。
「ウチ、寄ってくか」
「……来て欲しいの?」
「まあ、そうね」
 やっぱりこの人、浮かれてる。見た目では全然わからないけど、迎えに来てもらったのが相当嬉しかったらしい。手は繋いでくるし、家には誘うし、明日は大きな天災でも起きるんじゃなかろうか。
「仕方がない。じゃあ行ったげる」
「でもまあ、明日早いんなら、無理にとは言わないよ」
 水を差すその一言が、気に入らない。人のことを考えているように聞こえるが、その一方で自分が傷つかないために予防線を張っているように思えるのは、捻くれた見方だろうか。そういう言い方は少し卑怯だとサクラは思う。何がしたい、何が欲しい。ちゃんと口で言ってくれたら、全力で応えるのに。カカシはそういった自己主張をしないタイプだ。
「あのねえ、先生。家に来て欲しいの?欲しくないの?どっちかにしてくれない?」
「ええと……来て欲しいです」
「はい、よろしい。選択肢を丸投げしちゃうの、先生の悪い癖よ?」
「じゃあ、ウチに来て泊まっていってください」
「うん、そうする」
「できれば明日も居てください」
「ええー?連泊はやだなあ」
「その次の日も居てください」
「何よ、どしたの先生」
 あまりにらしくない言葉だ。冗談かと一瞬考えるが、覆面から覗き見える片目は、まっすぐサクラを見ていた。
「オレぐらいの歳になっても、誰かと一緒に居たいと思うんだよ」
「……即答はできないけど、考えとく」
「すぐに断られなかっただけでも、上出来だ」
 カカシはそう言って、目を細めた。浮かれついでについつい口走ったというわけでもなさそうだ。自宅の荷物を纏めるのに、どれぐらいかかるだろう。頭の中であれこれ計画を立てながら、カカシの家に向かった。




2012/12/27