(注)「番犬」で書いた二人のその後。拍手メッセージにて頂いた妄想が元ネタです。




「はい、できあがり」
「悪いな」
「いえいえ、仕事ですから」
 サスケは包帯を巻いたばかりの腕の具合を確かめる。サスケが任務で負傷するのは珍しい。この部屋に顔を見せた時は、見るからに憮然としていた。手傷を負うこと自体、不本意なのだ。
「お前も思い切った決断をしたもんだな」
 唐突な言葉だったが、サスケが口にした「決断」という言葉に思い当たる節があった。この件に関して言えば、サクラに声を掛けてくる同期連中も少なくない。一番に聞いてきたのは、もちろんいのだ。
「だって、あんなに私のこと好きになってくれる人、もう出てこないだろうし」
 余った包帯を片付けながらそう返せば、物言いたげな視線をサクラは感じた。ちらりとサスケを見れば、呆れた顔をこちらに向けている。ずいぶんな惚気を口にしてしまったと、サクラはそこでようやく理解した。呆れ果てるのも無理はない。素直に謝ることにしよう。
「ごめんなさい。今のは、」
「……お前、ホントに出てこないと思ってんのか?」
 サスケはサクラの言葉を遮ると、怪訝そうに問いかけた。
「うん、もちろん」
「バカ言え。待ってりゃ出てくんだろ」
「またまた」
「たとえば、オレとか」
「ええっ?」
「冗談だと思うか?」
「……うん。違うの?」
「まあ、好きに受け取れ」
 サスケは小さく息を吐くと、すたすたと治療室を出て行った。残されたサクラは、口をぽかんと開けたまま、棒立ちになる。
「えー……今の、何?」




「今日、サスケくんの様子がおかしかったのよね」
 箸で掬い上げた麺を冷ましながら、サクラが言う。場所は、一楽のカウンター。二人は肩を並べてラーメンを食べていた。閉店間際に駆け込んだため、客は二人のほかに誰も居ない。
「何だ、腹でも壊したんか」
「そういうんじゃないのよ。まあ、珍しく怪我をしたから、調子悪かったのかなとは思う」
「へえ、珍しいこともあるもんだな」
 ナルトはラーメンを掻きこむ手を止めて、サクラを見た。よっぽど驚いたらしく、ほんの少し目を丸くしている。
「じゃあ、何か言われたか?なんせ口悪ぃからな。オレが代わりに怒ってやるよ。サクラちゃんに八つ当たりするなんて、あいつ、何考えてんだ」
「別に酷いこと言われたってわけじゃなくて……。えっとね、あんたより私のこと好きになる男は、待ってれば出てくるんだって」
「何言ってやがんだ。出てくるわけねーだろ」
「私だってそう思うから、またまたーなんて混ぜっ返したんだけど、サスケくんったら、真剣な顔して、『たとえばオレとか』って言ったの」
「あァ!?なんっだそりゃ!」
 ナルトは、麺がまだ残るラーメンどんぶりの中に、箸を投げ入れる。どんぶりのフチに箸が当たり、からん、と鳴った。サクラも箸を置くと、椅子に座りなおして身体ごとナルトに向き直る。大好物の一楽ラーメンを食べているというのに、ナルトの表情はひどく不機嫌だった。
「サスケくんでも冗談言うんだなーと思ったんだけど、すごい真面目な顔してるし。どこから冗談なのか、全然わかんなくなっちゃって」
「で、そんな思いつめた顔してるわけ」
「思いつめてはいない。でも、何考えてるのかしら、とは思う」
「単刀直入に聞くぞ。サクラちゃんは、オレとサスケのどっちが好き?」
 サクラは、目の前で寸胴鍋の中身をかき回しているテウチをちらりと見る。その視線に気づいたテウチは、一度ガスを止めると、気を利かせて店の奥に引っ込んでいった。そして地面にしゃがみこむと、棚の中をごそごそと探る。
 あのくらい離れてたら、大丈夫かな。サクラは身体をカウンターに向けて、レンゲに掬ったスープを飲んだ後、小さな声で答えた。
「……今、横でラーメン食べてる方」
 ぼかした回答だったが、ナルトは満足し、そうだろうとばかりに深く頷いた。
「だったら、あいつの言葉に耳を傾ける必要はなし!冗談にしても、言っていいことと悪いことがある!」
「今回のは、ただの冗談だったってこと?」
「そゆこと」
 きっぱりと断言をするが、この件についてナルトが納得していないのは明白だった。あんにゃろう、と呟いてから、少し冷めてしまったラーメンをずずっと啜る。
 あの日、ナルトから貰った言葉は、こうだった。
 オレよりサクラちゃんのこと好きになる男なんて今後絶対現れないから、オレにしときなさい。
 サクラはその言葉に、そうかもしれない、と納得した。だって、はじめて自分を好きになってくれた男は、ナルトだった。誰より長く好きでいてくれたのもまた、ナルトだ。愛想を尽かされない限り、期間的な意味でも、情熱面でも、ナルトを超える男はいないだろうと思えた。だからサクラは悩むそぶりもなく、「じゃあそうする」と答えた。この恋は、そうやってはじまった。
「サスケくんは、私のことそういう意味で好きになったりしないものね」
「たとえあいつがサクラちゃんのことを好きだったとしても、オレの『好き』はあいつを遥かに凌ぐぞ。里中の男を掻き集めても、オレには絶対敵わない」
 自信満々の顔でナルトは言い切った。こんなに愛されているんだから、ナルトを好きになってよかったな、とサクラは思う。世間にはもっとムードがあってシチュエーションも凝った告白が溢れているのだろう。それでもサクラは、ナルトの言葉に心を動かされた。
「やっぱり、ナルトを選んでよかった」
 はにかんだ顔でサクラが言えば、ナルトの頬にさっと赤みが差す。しかし動揺を見せたのは一瞬だけで、すぐにニカリと笑顔を見せると、サクラに身体を寄せた。
「だあ〜ろお〜?オレにしときゃ間違いないんだってばよ。大船に乗ったつもりで人生を送ってもらいたいモンだね!おっちゃん、おかわりお願い!」
「……はいよ。待ってな」
 膝をパタパタ叩いてから、一楽の主人がこちらに戻ってくる。こんな店の中ですみません。テウチに申し訳なく思う一方で、心は軽い。よくわからないもやもやした感情は、サクラの中からすっかり綺麗に消えていた。




※サスケは別に横恋慕しようとかそういうんじゃなくて、「あいつも早まったもんだ」と思ってるくらい。サスケの中に、恋愛とは違う特別な感情があるといい。メッセージを下さった匿名の方、その節はどうもありがとうございます。



2012/12/31