冗談



冗談




「お前ら、上手くやってるのか」
 恐る恐るといった口調で、サスケが言った。任務後に眼の健診に訪れたサスケがいつまで経っても帰ろうとしないので、おかしいなと思っていたところだった。書棚の前に立つサクラは、ファイルを捲る手を止めて、振り返る。サスケは心なしか頬を赤く染め、治療台の上に置きっぱなしにしていた医学書の表紙をじっと見ていた。
「……えーと、何のこと?」
「あー、なんだ、その、ナルトとだな、」
 がしがしと気まずそうに頭をかきながら、サスケはしどろもどろに言葉を濁した。眉根をぐっと寄せているのは、どうやら照れ隠しだったらしい。他人のことなんかまるで頓着せずに暮らしているのに、元七班の面々は別なのだろうか。気に掛けてくれることが、少しだけくすぐったい。
「お蔭様で、仲良くやってますよー」
 自然と浮かんだ笑みをそのままに、サクラは答える。
「あいつん家、すげえ散らかってるだろ」
「ああ、前はね。今は結構片付けてるみたいよ?」
 部屋が綺麗になったのは、歓迎するべき変化だ。そこには「汚い部屋だとサクラちゃんが帰っちゃうかもしれない」なんていう非常にいじましい理由があるのだが、そこは伏せておいた。そんなことを聞かされても困るだろう。
「あいつに付き合って、ラーメンばっかり食わされてんじゃないのか」
「無理やり連れてかれることはないから、安心して」
「お前、かなり忙しいだろ。ちゃんと会えてるか」
「んー……会えてるのかな?」
 滑らかに動いていた口が、そこで止まった。下忍時代とは違って、毎日顔を合わせるとまではいかない。生活は任務中心に動いているし、一ヶ月以上疎遠になったこともある。
「マメな奴とはとても思えんのだが」
「その点についてはフォローできないわね」
 掃除はできても洗濯は溜めがち。炊事はしないので、放っておけばカップラーメンか一楽に直行。寝坊はするし、誰に似たのか遅刻をすることもたまにある。まあ、デートの時は遅れないので、そこは合格点か。
「あいつ、大丈夫なのか……?」
「そんなに気になるんなら、もっと早く戻ってきてくれても良かったのよ?」
 さらりと口にした言葉だったが、サスケの顔から表情という表情が消え去り、身体がピシリと固まった。
 やだ大変、傷つけちゃった。
 サクラとすれば単なる軽口だったのだが、今なおサスケの中には罪悪の塊がのさばっていて、時々気遣わしげな顔を見せる時がある。ナルトと違ってこちらは繊細なのだ。取り扱い注意のお触書きを、ついつい失念してしまった。
「ごめん!ただの冗談だから!」
 サクラは慌てて取り繕う。心配してくれるのが嬉しくて、調子に乗りすぎた。
「……そうだな。オレがわざわざ口を挟むことなどなかった。すまない」
 サスケはそう言って笑ってみせようとするのだが、頬を引きつらせるだけで終わる。しまったなぁ、と己の失言を悔やみながら、サクラは部屋中を見回して、サスケの心を浮上させるきっかけを探した。ナルトのご機嫌取りならお手の物なのだが、サスケのことになるとサクラはサッパリわからなくなる。昔だって、サスケの気を引きたくてあれやこれやと策略を巡らしたが、何ひとつ上手くいった試しがない。弱った。
「お邪魔しますよーっと」
 ノックもそこそこにドアが開かれ、ナルトがずかずかと部屋に入ってくる。サスケがそちらに目を向けると、部屋中に充満していた緊張感が緩んだ。このデリカシーの無さに救われる日が、まさかやって来るとは。サクラはホッと胸を撫で下ろし、ナルトを誉めそやす。よくやった。やっぱりあんた、里の英雄だわ。
「なんだぁ、サスケじゃねーか。カカシ先生、お前んこと探してたぞ。何か約束してたんじゃねーの?ようやく七班から手ぇ離れたんだから、いい加減楽させてやれってばよ。あんま困らせんじゃねーぞ」
 いきなり入ってきたかと思えば、ナルトは自分の所業を棚に上げて偉そうに小言を浴びせた。何を口走っとるんだ、こいつは。サクラは怒りに頬を紅潮させ、サスケは顔色をなくして青くなる。
「……邪魔をした」
 引き止める隙もなく、サスケはさっさと部屋を出て行った。ナルトはといえば、その様を気にする風でもなく、しれっとした顔でサクラの横に並んでいる。
「まったく、しょうがねえ奴だなー。ねえ?サクラちゃん」
「ナルト、耳貸して」
「え、なになに?」
 声のトーンも低く、底冷えするような響きだったが、ナルトは内緒話かと浮き立ち、へらへらと顔を寄せてきた。手の届く場所に頭が下りてきたところで、サクラはすかさずごちんと拳を落とす。
「いってぇぇぇ!!」
「あんたはいっつも間が悪いのよ!追い討ちかけてどうすんの!」
「何だよ、追い討ちって!全然話見えねぇんだけど!」
「いいから追うわよ、このままじゃ臍曲げちゃうもの」
 訳のわからない様子で文句を言うナルトの耳を引っ張り、サクラはドアを開けて廊下に出る。背中を丸めてとぼとぼ歩くサスケの姿を見つけると、二人揃って追いかけた。




※一部のサスケは、三人でいると少しお兄ちゃんっぽく見える。ナルトと春野さんを「守るべき対象」ってみてるよね。そこが可愛い。ちびっこちゃんな七班が、とてもとても好きなのだ。




2012/12/11