真っ暗な道を、二人は歩いていた。低く垂れ込める雲から、糸のように細い月が時折顔を覗かせ、頼りなげに闇夜を照らす。サクラから二歩ほど後ろをついて歩くナルトの足取りは、常よりずっと遅かった。サクラの淡々とした歩みに抵抗するかのように、ゆっくりゆっくり歩く。いつもならば笑みを浮かべてひっきりなしに話し掛けるのだが、ナルトは口を噤んだまま、じっと路面に視線を注いでいた。数メートル先にある生垣を左に折れると、サクラの自宅はもう目の前だ。板塀が途切れる手前で、ナルトの足が止まる。
「なあ、このままオレん家に戻らない?」
 そう声を掛ければ、サクラは首だけ後ろに向ける。ナルトはポケットに両手を突っ込んだ格好で顔を俯け、その場に佇んでいた。暗がりということもあり、表情は窺い知れない。しかし、声の端々から人恋しさが滲み出ている。
「オレ、今日はどうしても離れたくないんだけど」
 時計の針が十時を回った頃、サクラは暇を告げた。作業を家に残しているというサクラの言い分を尊重し、ナルトはそれを黙って受け入れた。夜も遅いし自宅まで送ると言い出せば、サクラは一瞬目を丸くしたが、「お願いできる?」と笑って応えた。
「一緒に居てくれないかな」
 冬の夜道は、否応なく寂寥感を喚起させる。重ねて懇願すれば、サクラは身体ごと振り返って荷物を抱えなおした。
「まだ、明日の準備が残ってるの」
 縋るような真似は格好悪いと、ナルトは思っていた。それでも口に出したのは、サクラの中にも迷いが見えたからだ。あっけらかんと部屋を出るというわけでもなく、荷物を手に取る所作にも名残惜しさが見て取れた。
「明け方に帰るってのは……ダメ?」
 サクラは視線を地面に落とすと、目を瞑った。何かを堪えるような顔だった。
「今日は……帰る。ごめん」
「どうしても?」
 サクラが軽く手招きをすれば、一歩二歩とナルトが歩み寄る。細い手がナルトの頬に伸び、二人の顔が近づいた。表皮をなぞるだけでは満足できず、もっと深くと求めてくるナルトの身体を離し、サクラはその首筋に顔を埋める。
「私ね、ナルトとずっと長く一緒にいたいと思ってるの」
「そんなの、オレだって同じだよ」
「だから、今日は帰るの。会えない時間を、もっと大事にしようと思って」
「会える時間じゃなくて?」
 肩のあたりにあるサクラの顔が、縦に小さく動いた。
「ナルトが側にいることを、当たり前だと思わないように。ダラダラ甘えてしまわないように。やらなきゃいけないことを放り出したら、すぐダメになっちゃいそうで怖いの」
「オレ、サクラちゃんが側にいるのを当たり前だなんて思ったこと、一度もねぇよ。振り向かせんのにスッゲー時間掛かったから、一緒にいれる時は一緒にいたい。一秒でも離れたくない」
 抱きしめる力を強くすれば、サクラの両手もまたそれに応えて、ナルトの服をぎゅっと掴む。このまま掻っ攫ってしまいたい。そう思うナルトの耳元で、サクラが囁いた。
「いつだったか、忍者とは何だって言ってたっけ?うずまき上忍」
「……忍び堪える者」
「お互い、ちゃんとやることやろう。一緒にいられる時間と同じくらい、会えない時間も大事にしよう」
 サクラの言うことも、なんとなくだけれども、わかるような気がした。色恋に溺れた結果、やらねばならないことを中途半端に放り投げるのは、忍としての自覚に欠ける。だが、それを理解したところで、簡単に引き下がれるものでもない。納得できないのだという気持ちを露にして、ナルトは押し黙る。サクラはそんなナルトの後ろ髪を、そっと撫で付けた。
「里に帰ってきたら、思いっ切り可愛がってあげるから。そんな顔しないの」
「……そういうのって、オレが言うことじゃねーの?」
「そう?私は気にならないけど」
 毅然としたその態度に、今日はこのまま帰るしかないのだと悟る。結局自分は、サクラのこういうところに惚れたのだ。愛おしそうに髪を撫でるサクラの手に、ナルトは自分の手を重ねる。
「怪我すんなよ」
「私が医療忍者だってこと、忘れたの?」
「じゃあ、大門潜ったら、まっすぐオレん家」
「荷物はどうするの」
「そういうのどうでも良くなるくらい、オレと一緒に居たいって思ってよ」
「そんなの……いつだって思ってるわよ」
 焦がれる瞳が、すぐ目の前にあった。思いっ切り可愛がるのはオレの方だ。戻ってきたら、覚悟しとけよ。そんな思いを込めて唇を重ねると、深く中に割って入る。嫌だと払いのける気配はない。このまま掻っ攫うのが正解なんじゃないかと思えてならなかった。




2012/11/24