拍手御礼短文



1. はたけと春野さん



「先生、血が出てる。右の人差し指のとこ」
 新米くの一の声に、サスケとナルトの組み手から視線を外して右手を見る。人差し指の脇が裂けていて、血がたらりと流れていた。
「あら、ほんとだ」
「ほんとだ、じゃないですよ。ちょっと貸してください」
 サクラはポーチの中に手を突っ込んで、何かを探している。
「貸してって、何を?」
「いいから、手を出してって言ってるんです!」
 イライラを募らせた声だ。ハテ、自分は怒らせるようなことを言っただろうか。カカシは首をひねりながら両手を出す。
「左はいいです。右だけで」
 なんで両手を出すのかしら、と今度は呆れた声。ころころと表情も声もよく変わる子だなぁ、とのんびり思う。見ていて面白い生き物ではあるが、扱いに長けているかと問われれば否である。なにせ初めて持った弟子だ。サクラだけではなく、サスケやナルトに対しても、まだまだ手探り感がある。
「ほっておいたら化膿するよ」
 ポーチから出てきた手には絆創膏。サッと指に巻くと、できあがり。カカシは珍しいものでも見るような目つきで、絆創膏が巻かれた自分の指を見る。こんなのすぐ治るのに。
 ん!お礼は大事だよ、カカシ!
 脳裏に恩師の声が蘇り、慌ててベストやポケットを探る。スリーマンセルを組んで間もなかった頃、同じ班の医療忍者に包帯を巻いてもらっても何も言わない自分を、上忍師は叱ったのだ。たった一人で生きているつもりでいた頃の話である。
「先生、何やってんの?」
 尻やら胸やらをパタパタ叩いているカカシを、サクラは奇異な目で見ている。子供が貰って嬉しいのは、飴玉とかキャラメルとか小さくて甘いお菓子。そんなものが仕舞ってある可能性はだいぶ低いが、たまに忘れた頃に出てきたりするので侮れない。探せばどこかしらから出てきそうな気がする。
「んー……ああ、これがあったか」
 カチリと金属の合わさる小さな音。少し前に宝石商の護衛をした時、積荷がすべて無事だったことに感激した依頼主が、いいからもってけとポケットに突っ込んできたのだ。忘れたままベストに入れっぱなしだったのが幸いした。
「お礼にこれあげる」
 人差し指でつまんだ細い鎖の下には、小さな赤い宝石。サクラの顔の横に掲げると、髪の色によく似合う気がした。
「ええっ?なんで!?」
 喜ぶだろうと思ったのに、サクラは目をまん丸にして驚くばかり。
「なんでって、お礼は大事でしょ」
「お礼って、絆創膏巻いただけじゃない!そんなのでお礼なんて貰えませんよ!」
 ぶんぶんと顔の前で手を振り、サクラは固辞をする。
「だって、お礼……」
「普通は絆創膏程度でお礼なんか貰いません!」
「うーん」
 首をひねって鎖をひとしきり眺めていたが、受け取ってもらえそうにないので、諦めてポケットにしまう。誰かにあげるアテもないことだし、可愛い弟子にと思ったのだが。お礼は大事ですよねぇ、先生。今は空の上にいる恩師に、同意を求めた。
「先生」
「ん?」
「何か言うことあるでしょ」
「ありがとう?」
「どういたしまして」
 何で語尾上げるのよ、と小声で呟くと、サクラは顔を前に戻し、サスケとナルトの組み手をつまらなそうに眺めた。




2. キバといのちゃん



「でー?この道であってるわけー?」
「この地図わっかりにくいなー、チクショウめ!」
 苛立ちを極限まで募らせたキバは、頭皮から血が出るんじゃないかと思うぐらいの勢いで後頭部を掻き毟った。その隣を、いのは退屈そうにだらだらと歩く。野営ではなく大きな宿場町に泊まれるなんて、今日は豪勢だ。楽しみにしていた分、なかなか到着しないことにいのは焦れていた。
「自慢の鼻で辿ればいいでしょー」
「お前は鬼か!ここは温泉街だぞ?鼻が死ぬだろ!」
 硫黄のにおいに潰されて、鼻が使い物にならなくなる。だからこそ、地図を片手にあっちだこっちだと動き回っているのだ。大体、この地図に大きく記された湯めぐり案内所とやらが見つからない。区画整理でもしたんじゃないかと疑いたくなる。
「つっかえないわねー」
 鼻で笑いながら、いのが言う。
「……んのやろ。つーか、お前もちったあ協力しろ!」
「地図引っ掴むなり『オレに任せろ!』なんて啖呵切って歩き出したのはどこの誰よ」
「オレが悪いんじゃない。地図だ。地図が悪い」
「どうだかね」
「じゃあお前、道案内してみろよ」
 めんどくさい、と突っぱねるいのに、キバはにやにやと笑みを浮かべながら地図をひらひらと漂わせる。
「もしかして、地図読めないんですか?忍のくせに?ありえなーい」
 いのの口調を真似てキバが茶化せば、いのはまんまと挑発に乗った。キバの手から地図をひったくると、早速現在地を照らし合わせる。
「えーと、どれどれ……」
 地図と周囲の建物をちらちらと交互に眺めるいのだったが、首を捻ると、地図を右に90度くるりと回した。
「山中さーん。回さないでくださいよー」
 キバの指摘にいのはムッとしながらも、決まりの悪い表情で反論する。
「ちょっとわかんなくなっただけでしょ!」
「だからって、回す?回しちゃったら地図の意味ないでしょー。ほーらほら、夕陽が向こうに沈もうとしてるよね?とすると東西南北は……」
 己を馬鹿にしきったキバの態度が我慢できず、いのはその場でジャンプをするとキバの頭めがけて拳を思い切り振り下ろした。
「いってえ!こいつ殴りやがった!」
「自分の失態を棚に上げて人をどうこう言おうなんて、太い奴だわ!」
「地図回す奴に言われたかねーよ!アカデミーからやり直せ!」
「まだ言うか、この犬馬鹿め!うっかりよ、うっかり!いつもは回さないもん!」



 やいのやいのと騒いでいる後輩二名を眺めつつ、ネジとテンテンはのんびりと歩いていた。
「あの子ら、元気ねー」
「そうだな」
「動き足りなかったのかしら」
「そうかもな」
「この分じゃいつまでたっても宿に着きそうもないし、白眼使ってあげたら?」
「任務でもないのに使えるか。馬鹿馬鹿しい。地図はあるんだ。じきに着くだろ」
「……どうだかねえ」
 二人の数歩先では、先ほどの大喧嘩はどこへやら、額がくっつきそうなほど顔を近寄せて、キバといのが地図を覗き込んでいる。仲がいいんだか悪いんだか。仕方がないなあ、とぶつぶつ呟きながら、テンテンは地図を確かめるために、歩く速度を上げた。




2012/09/29