篝籠から燃え上がる赤が、木立の合間に佇む闇を色濃くする。使者がやってくる気配を探して、アスマはぐるりと首を回した。書状を手にやってくるのが木ノ葉の忍だというので、守護忍十二士の中でも木ノ葉に深い縁のあるアスマが取次ぎ役に選ばれた。たまに暇をもらっても里に戻ろうともしないものぐさぶりに、周囲が気を使ったのだ。父が治める里を離れて、もう数年が経つ。里が嫌になったわけではない。同期連中は達者に暮らしているだろうかとたまに思い返すこともある。ただ、あの里の土を踏む気になれないだけだ。
 葉擦れのささやきが遠く響き、風が流れる。薄い気配がすぅっとこちらに近づき、枝の上に止まった。
「……お前、紅か」
 使者の顔を見るなり、アスマはらしくもなく、顔を上げたまま固まってしまった。里を出る時には頬のあたりにまだ幼さが残っていたのだが、輪郭はすっきりとシャープになり、すらりと伸びた手足や体つきはすっかり大人の女だ。突きつけられた月日の流れにも驚いたが、それだけではなかった。ほんの小さな頃から知っている顔が、こんな風に変わるのか。言葉はそれきり掻き消え、ただただ呆然と眺める。
「うわあ。何よ、それ」
 整った顔をわずかに顰めて、紅が降りてくる。顔を合わせるのは何年ぶりかだというのに、ずいぶんなご挨拶だ。アスマもつられて苦い表情になる。
「お前なあ、人の顔見るなり『うわあ』はないだろ。久しぶり、だとか他にいくらでもあんだろうが」
「だって、その無精髭。全然似合ってない。守護忍十二士って名乗るぐらいだから、お偉いさんの護衛をするんでしょ?身なりぐらい整えなさいよ」
「うっせえな」
 のっけから小言を浴びせられ、がしがしと頭をかく。感動の再会を期待していたわけではないが、昨日別れたばかりかと勘違いしたくなるほど、二人の間に流れる空気は変わらない。物怖じせず言いたいことを言う性格だとわかってはいるが、他にもっとあるだろうと訴えたくもなる。この髭だって無精ではなく、少し伸ばしてみようかという洒落心だ。風呂の時にでも剃り落としてやろうと心に決める。
「で、これ。預かった書状ね。すぐに返答が欲しいから、伝令お願いできる?」
「……じゃあ、付いて来い。中で待ってろ」
 くいっと顎をしゃくって歩き出すが、紅はついてこない。
「どうした」
「堅苦しい場所は肩が凝るから、ここで待たせてもらう」
 歩いた先にあるのは、豪奢な造りの御殿だ。もし自分が使者の立場だったら、門を潜るのさえためらうだろう。待ってろ、と言葉少なに残して、アスマは書状を届けるべく紅に背を向けた。
「アスマ」
「あ?」
 まだ何かあんのか。そう言いたげに振り返る。
「髭、伸ばすつもりなの?」
「安心しろ、さっさと剃るさ」
 見苦しいのなら、今すぐこの場で剃ってやる。そう返したいところだったが、さすがに大人気ないと思い、自重した。喧嘩っ早い性格も、今は昔。月日は誰の上にも平等に流れている。
「伸ばすなら、ちゃんと伸ばしなよ。そっちの方が、絶対似合うから」
 先ほどは散々こき下ろしていたくせに、今度は男なら誰もが見惚れるほど綺麗な笑みをみせて、そんなことを言う。
「別にさっきのフォローじゃないわよ。ちゃんと本音だからね」
「……考えとく」




「昔馴染みか?」
 不意に掛けられた低い声に、肩が跳ねそうになる。篝火の脇に立っているのは地陸だ。こんなところを何うろついてんだ、と悪態をつきたくなる。
「まあな。同期だよ」
「なんとも威勢の良いことだ」
「あー、昔っからそういう奴だ」
 手懐けようなんて少しでも思ったら、噛み付いてくる。甘さなんて少しもない。幼少の頃より才覚を見せていた幻術は、今や右に出る者はいないと伝え聞く。下心をちらつかせでもしたら、返り討ちにあうこと確実だ。
「それに、ずいぶんと美人じゃないか」
 紅が立っている方角を振り返りながら、地陸がさらりと言った。アスマの眉間にきつく皺が寄る。
「……この生臭坊主が」
「坊主にだって審美眼は備わっているさ。書画を嗜めば、茶を立てる器も選ぶぞ」
 アスマの苦々しい顔がおかしくてたまらない、といった風に地陸は笑う。
「書状は私が受け取ろう。お前は戻って昔馴染みと旧交を温めるといい」
「余計な気ぃ回すなよ。警邏でもねえのにうろちょろしてんじゃねえよ」
「少し風に当たりたくてな」
 こんな生ぬるい風の夜に、なんでまた。そこでアスマは気づく。この野郎、オレのこと覗き見てやがったな。紅との会話を聞いていたことを考えるとそれは確実だった。昔の女の顔でも拝めるかと思ったのか。なんともいい性格をしている。
「お前、面白がってんだろ」
「ん?何のことだ」
 生臭坊主は片方の眉を上げて、とぼけてみせた。
「見世モンじゃねえぞ!ったく、さっさとクソして寝ろ!」
 書状を握りつぶしそうになるのをやっとのことで抑えたが、すれ違い様に「髭伸ばせよー」と囁かれ、屋敷の主に届ける前に書状の皺を伸ばす羽目になった。




※あの髭はおしゃれ髭なのか、単なる不精なのか。




2012/09/29