たまには広いお風呂に入りたいねと意気投合し、その日は二人で銭湯に出かけた。互いに長風呂を楽しんで、帰りに立ち寄るのは一楽。夕飯ジャンケンに勝ったナルトの希望だ。なんて贅沢な夜だろうと、足取りはもちろん暖簾を払う手つきも軽い。 「味噌チャーシューに塩、お待ち!」 「うまっそー!」 「いただきまーす」 ナルトは慣れた手つきで割り箸をパチンと割り、今日はとっておきのチャーシューから食っちゃおうと、ばっくり口を開けた。最初の一口をどうしようかという選択は、ナルトの楽しみでもある。店主自慢のチャーシューが口の中に放り込まれようかというその時、視線を感じて動きを止めた。ん?と思って左に顔を向ければ、六つか七つぐらいの子供が、ぽかーんと口を開けてこちらを見ていた。子供の前には、からっぽのラーメンどんぶり。スープまでしっかり飲み干しているのに、まだ食い足りないのか。これは相当なラーメン好きだな、とナルトは思う。 「お前、ラーメン好きなんか」 うんうん、と子供は無邪気に頷く。その目は箸でつまんでいるチャーシューに釘付けだ。 「チャーシュー、いるか?」 子供はいいの!?と顔を輝かせ、あんぐりと口を開ける。ちっせえくせに、クチでけー。ナルトはこっそり笑いながら、親鳥が雛に餌を与えるみたいに、そうっと慎重に箸を運ぶ。 「大きいからな、落とすなよー」 箸を離すと、口に入りきらないチャーシューがべろんと子供の顎にぶら下がる。チャーシューの端を指でつまみ、子供は満面の笑みで頬張った。 「はは、うめーよな、一楽のチャーシュー」 子供はこくこくと頷いて、チャーシューが一番好き!ともごもご言う。 「おうい、何やってんだ。さっさと帰るぞー」 外から聞こえた親父の声に、子供の肩がビクリと揺れる。 「父ちゃんが帰ろうってさ。早く行ってやれ」 ぴょんと椅子から飛び降りると、陽によく焼けた顔に白い歯を覗かせて、ナルトにぶんぶん手を振った。 「兄ちゃん、ありがとー!」 ひらひらと手を振ってこたえると、ナルトはカウンターに向き直る。さてさて、俺のラーメンちゃん。豪快に箸を突っ込んで、ずずっと吸い込む。何度味わったって、ちっとも飽きない。これぞ至福の味。 「あんたがチャーシューあげるとはね」 すでに半分ほど食べ終えているサクラが、麺を持ち上げながら言う。 「なんか欲しそうにしてたからさ」 「もしかして、子供好き?」 「自分だって子供のくせにって言いたいんだろ」 アカデミーの子供たちに纏わりつかれるのは、嫌いじゃない。元気そうに走り回ってる姿を見かけると、怪我すんなよと言いたくなる。任務の行きや帰りにすれ違うと、こいつら守んないとなー、なんて思ったりもする。自覚はないが、たぶん好きなんだと思う。 「そんなこと言ってないわよ。好きなんだなーって思っただけで。あんた、普段そういう話しないし」 「言ったことなかったっけ。たぶん好きな方じゃねーのかな。つーか、子供と遊ぶの得意なんだ」 「精神年齢が一緒だし?」 「言うと思った」 ラーメンの啜る音に混じって、ぽつりぽつりと会話が落ちる。この間が、なんとも心地良い。ずるずると思い切り啜って、麺とスープを一心不乱に楽しんだ。 「ごちそうさまー」 一足先に食べ終わったサクラは、自分の財布から60両を取り出すと、さっさと席を立つ。 「……そのうち産んだげるから」 去り際にポツリと落とされたその言葉に、ナルトの目はみるみる見開かれていった。 「え、今なんつった!?」 咽そうになるのをこらえながら振り仰げば、すでにサクラの姿はなく、暖簾を持ち上げて店から出ていく最中だった。ガラス戸越しに見えるサクラの背中と目の前のラーメンをちらちらと交互に見る。自分のどんぶりには、麺はもちろんメンマも海苔も残っているのに。 「おっちゃん!今さ、今さ、サクラちゃん何言ったか聞いてた!?」 「あー?何だよ、どうした」 しゃがみこんで作業をしていたテウチが、のっそりと腰を持ち上げて、ナルトを見る。カウンターの会話なんて耳に入っていないのだろう。何を焦っているのかと、不思議そうな顔だ。ナルトはひどく慌てた様子でガマちゃんを取り出すと、小銭をカウンターにたたきつけた。 「おっちゃん、ごっそさん!」 転がるような勢いで椅子から降りると、ナルトは店を飛び出した。呆気に取られたテウチは、残されたラーメンどんぶりをカウンターに引き上げると、洗ったばかりの蓮華をそこに突っ込んだ。そしてスープを掬って、一口。 「……いつもの味だよなぁ」 ナルトがラーメンを残すなんてことは、記憶にない。テウチは首を傾げるばかりだった。 2012/08/22
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