また明日



また明日




「腹減った……」
「まあ、今日はハードだったしね。私も結構ボロボロよ」
 腹を押さえてとぼとぼ歩くナルトの後ろに、疲れた顔のサクラが続く。任務を終えて帰宅する途中なのだが、里にたどり着いたという安心感からか、二人の足取りは大門を潜った途端に重くなった。
「くっそー、もう歩けねー。燃料補給が必要だってばよー」
「じゃあ、一楽寄ってく?」
 背後から掛けられた言葉に、丸まった背中がたちまちしゃきんと伸びる。
「そ、それってデート!?」
 目を輝かせてナルトは振り返る。サクラはその反応に顔を顰めると、立ち止まっているナルトの横を足早に通り過ぎた。
「デートって言い切るんなら、帰る」
「メシね!食おう食おう!同じ七班としての親睦を深めようじゃないの!」
 慌てて取り繕うとサクラは歩を緩め、行くんでしょ?と言いたげに振り返る。身体の重さもどこへやら、ナルトは軽快な足取りでサクラに追いついた。



 一楽の暖簾を手でかき分け、店内に顔を覗かせるなり、味噌チャーシューの大盛りを大声で頼んだ。空いているカウンターの席に腰を掛けると、後から店に入ってきたサクラが隣の椅子を引く。サクラは壁に貼りつけてあるメニューを眺めて、何を頼もうか悩んでいるようだった。その横顔を見ながら、ナルトは最近のサクラの様子を思い返してみる。前はメシに誘っても絶対頷いてくれなかったのに、今は三回に一回くらいの割合で「別にいいけど」と返事がかえってくる。今日なんてサクラの方からメシに誘ってくれた。こんなことは長い付き合いの中で初めてだ。一緒にラーメンを食えるのは飛び上がるほど嬉しいが、何かあったのかな?と思う部分もまたあった。
「味噌チャーシュー大盛りに、醤油ラーメンね」
 どうやらぼーっとしてたらしく、サクラが注文をしたことにさえ気づかなかった。見ればカウンターの上には、二人分のラーメンが乗せられている。
「いただきます」
 サクラは手を合わせてから、割り箸をパチンと割る。ナルトも倣って手を合わせ、スープの中に割り箸を突っ込む。麺を掴んで、ずずっと一口。疲れた身体に染みる味だ。隣の様子を窺うと、サクラは掬った麺を持ち上げて、熱を冷ましていた。
「……ラーメンは太るからヤダって言ってなかったっけ?」
 蓮華に掬ったスープを飲みながら、ナルトはおそるおそる疑問を口に乗せる。
「あんた、一楽好きでしょ」
「なんたってオレの血は一楽のスープで出来てるからね。好きっつーか、オレの一部分と言ってもいい」
「じゃあ問題ないじゃない」
 質問の答えになってねえんだけど。そんなことを口にしようものなら怒られそうな気がしたので、黙って麺を啜ることに専念した。嬉しさ半分、もやもや半分。なんとも複雑な気分だが、こんな時でも一楽のラーメンはやっぱり美味い。今日はサクラが隣に居るのだから、楽しまなければ損だ。余計な考えを頭から追い払うと、ずずっと麺を勢いよく啜った。



「まいどありー」
 テウチの声を背に、一楽を出る。燃料補給をしたおかげで足取りに力が戻ってきた。
「メシのついでに、家まで送ってっちゃおうかなー」
 両手を頭の後ろに組んで、ナルトがのんびりと言う。きっと「調子に乗るな」と怒鳴り声が返ってくるはずだ。そんないつも通りの他愛無いやりとりが、ナルトには嬉しい。なーんつって、と混ぜっ返そうとしたところで、サクラはくるりと振り返る。
「そう?じゃあ、お願い」
「……へ?」
 ナルトの足がピタリと止まる。その答えは、完全に想定外だった。じゃあ、お願い。確かにサクラはそう言ったが、何をお願いされたのかわからない。
「帰んないの?」
「や、帰るけどさ……」
 ナルトの返事を聞くなり、サクラはすたすたと歩き始めた。前を歩くその背中を、慌てて追いかける。おそらく自分がサクラを送っていくということで話が纏まったのだ。今のサクラをどうこうできる連中がこの里にそう居るとは思えないのだが。
 一楽からサクラの自宅まで、二人は無言で歩いた。
「ちょっとそこで待ってて。ただいまー」
 サクラはナルトを自宅の玄関先に待たせると、小走りで家の中に入っていった。理由はよくわからないが待てと言われたのだから、家の前でじっと待つ。
「お待たせ」
 すぐに戻ってきたサクラの手には、風呂敷がぶら下がっていた。
「これ、中身は煮物と酢豚。持って帰ってちゃんと食べてね」
「ええ!?なんで?」
 後ずさるナルトの手を掴むと、サクラは風呂敷を無理やり握らせた。
「お父さんがしばらく留守なのを忘れて、ご飯作りすぎたんだって」
「そうじゃなくてさ、」
「じゃあ、何」
 言いたいことがうまくまとまらない。言葉を詰まらせたナルトを残して、サクラはさっさと家に引っ込んでしまった。
「ええー……」
 風呂敷を目の前の高さに掲げて、ナルトは不思議そうに唸る。
 別に、冷たくされるのが好きだというわけじゃない。優しくされた方が嬉しいに決まっている。だけど少し違和感があるのも確かなことだった。サクラちゃんって、こんなんだったかなあ。マダラに見せられた幻術世界の感覚が頭や身体にいまだ残っていて、あっちの世界のサクラじゃないのか、なんて考えが頭の隅を掠めた。からりと窓が開く音に気づいて、ナルトは背後を見上げる。ベランダにひょこりとサクラが現れ、壁から身を乗り出すと、口を開いた。
「器と風呂敷、返すのはいつでもいいって。送ってくれてありがと。また、明日ね」
 ひらひらと手を振るサクラに、ナルトは曖昧な笑みを浮かべて手を振り返した。そのまま突っ立っていても仕方がないので、家路に着くことにする。歩き出すと背後からまたからりと音がして、サクラが部屋に戻ったのだとわかった。
「また明日、だってさ」
 そういえば、お互いに最近口にしていなかった言葉だ。「おつかれ」と言葉少なく済ませたり、くたびれている時は手だけ振って無言で帰ったりもする。久々に耳にしたその言葉は、新鮮に響いた。
 サクラに持たされた風呂敷の中身は煮物と酢豚らしい。ここ最近、ちゃんと夕飯を食べたはずなのに、なぜか腹が減ることがたびたびある。あのひもじさを持て余していたナルトは、頬をようやく緩ませると、改めて風呂敷を眺めた。今日は替え玉を頼まなかったので、きっと腹が減る。夜食にいただくことにしようか。
「また、明日」
 もう一度噛み締めるように呟くと、片手に風呂敷をぶらつかせて、汚いボロアパートに続く道を歩いた。





※春野さんは、すこーしだけ優しくなるんじゃないのかね。できるだけ一緒に居ようかな、とか。ご飯ぐらいはいいかな、だとか。そうやってね、すこーしずつ歩み寄っていけばいいのよ。そんでくっつきゃいいのよ。




2012/08/08