その日が来る前に



その日が来る前に




(注)「ROAD TO NINJA」設定です。両親が健在なため精神的に成長していないナルト(=メンマさん)と、幼い頃に両親が殉死したため甘ったれな部分があまりない春野さん。本当はメンマさんなんですが、書いてる本人が楽しいので、今回はナルト表記でいきます。




「べっつにいいじゃんか!一日ぐらい遊んだって!」
 アカデミーの書庫で綱手からの頼まれごとを片付けていたら、ナルトがひょこりとやってきた。任務後に与えられた休暇は今日で終わりだ。修行なんかしないで遊びに行こうと、先ほどからずーっと言い続けている。
「これが終わったら、今度は図書館。なんならあんたも行く?」
「図書館って、喋っちゃダメなんでしょ」
 何を子供みたいなことを言っているのか。はあ、と息を吐くと、書棚に背を向けて、ナルトと目を合わせた。
「勉強する気なら、一緒に行こう。そうじゃないなら、家に帰りなさい」
「えー!家に帰ったって、やることねーもの」
「じゃあ、サスケくんと修行でもするとか」
「あいつが男と修行するかよ。女といるとこしか見たことねえってばよ。オレはサクラちゃんと一緒に居たいの!サクラちゃんはモテるから、オレが見張ってないと不安だってばよ。サスケだって、サクラちゃんのこと狙ってるし」
「あの人は、女の子なら誰でもいいのよ。あんただってそれくらい知ってるでしょ」
「ちっげーよ!『ああいう女を幸せにするのが、男の義務だ』なんてこないだ言ってたし!」
「ああいう女?」
 その言い草に眉を顰めるサクラだが、ナルトはそんな様子に気づくことなく、さらに捲くし立てる。
「他の女の子よりも、全然気にかけてんだ!あいつにとって、サクラちゃんは特別なんだってばよ!」
 自分は周りからどれだけ不幸だと思われているんだろう。気に掛けてくれるのは嬉しいが、過度な同情には正直うんざりだった。サクラは苛立ちを隠すことなく、言葉を吐き出す。
「……どこがよ」
「なんでわかんねーんだよ!もう!」
 ナルトは腕を振り回し、駄々っ子みたいに喚いた。物事が思い通りに進まないと、ナルトは癇癪をおこす傾向がある。
「とにかく、あの人と私の間には何もないわよ。ほとんど言いがかり」
「じゃあ、なんでオレとデートしてくんねーの」
「時間がないから」
 この問答も、一体何度目だろう。断っても断ってもナルトは諦めることなく、「ご飯食べて帰ろう」やら「明日は休みだから遊ぼうよ」やらと誘いをかけてくる。家に帰ってもどうせ一人だし、ご飯を食べるくらいなら構わないが、それ以上の付き合いとなると、今は考えられなかった。
「オレんこと、嫌いなのか」
「嫌いじゃないわよ、同じ班の仲間だもの」
「仲間って……そんなのオレはイヤなんだってばよ!なあ、サクラちゃん、オレは……っ!」
「ねえ、ナルト」
 サクラはその先を言わせない。何度かこういう流れになったけれども、そのたびにナルトの言葉を遮ってきた。ナルトが自分を好いてくれることは、本当に嬉しい。ナルトは同情や哀れみではなく、あるいは英雄の娘としてでもなく、春野サクラ個人をちゃんと見た上で、好意を持ってくれている。もし続きを聞いてしまったら、きっと頷いてしまうだろう。その背中に寄りかかりたくなってしまう。そんな自分の脆さが情けなかった。
「私の夢、知ってるでしょ?」
「四代目みたいな火影になること」
 サクラはこくりと頷く。四代目火影は木ノ葉を守るために殉職した。その娘であるサクラに対して、里の人たちはとても優しい。だけど、自分自身が何かを成し遂げたわけでもないのにこうも持て囃されるのは、少しだけ居心地が悪かった。英雄の忘れ形見ではなく、里に貢献をしている一人の忍として認められるために、サクラは火影を目指している。
「今は修行に集中したいし、それ以外のことは頭の中に入ってこないの。恋愛をするなんて、そんな余裕はどこにもないのよ」
 幼い子供を説き伏せるような口調で、サクラは続ける。
「ナルトだけじゃないわ。他の誰とも付き合う気はないの」
 これぐらい言い切ってしまえば、引き下がるだろう。寂しくなったら、いのを誘ってご飯を食べればいい。あの子は人の気持ちに敏感で、寂しいと思った時には、必ず側に居てくれる。今までどれほど助けられたかわからない。
「今は、なんだろ?」
「……え?」
 思考が他へ飛んでいたため、ナルトが何を言っているのか、一瞬わからなかった。
「その時が来るまで、オレは待つ」
「待つって……何言ってんの。待てないよ、ナルト。その日がいつになるのかわかんないし、あんただってやりたいことがあるでしょ?おじいちゃんになっちゃうかもしれないよ?」
「いいや、オレは待てる。待ってみせる。ぜってー諦めねえ」
 ナルトは力強くそう言い切ると、サクラをまっすぐに見つめる。サクラは視線を逸らしたくなるが、それを許さない強い意志がナルトの目に宿っていた。
「おい、ナルト!」
 しんと広がる沈黙をかいくぐり、扉の向こうからヒナタの声が聞こえてきた。白眼を使えば、建物の中なんてお見通しだ。
「ヒナタ、怒ってるわよ」
「怖くない」
 唇を真一文字に引き結び、ナルトはなおもサクラをじっと見つめる。
「オレは、サクラちゃんと一緒に居られんのなら、いつまでだって待てる」
「てめぇら、二人きりで何やってんだ!」
 蝶番が壊れるんじゃないかと思うくらいの勢いで、部屋のドアが開いた。ミシっと音が鳴ったのは気のせいではない。ヒナタがずんずんと大股で近寄ってくるが、ナルトは微動だにしなかった。いつもならさっさと逃げているはずだ。今日のナルトはどうしたのかな、と思っていたのだが、あと三歩と迫ったところでナルトの顔がさっと青ざめる。
「やっぱり怖えー!!」
 窓の外に飛び出すと、ナルトは全力で逃げ出した。そんなナルトの背中に、「 なんでいつも逃げやがるんだ!」と大声を浴びせて、ヒナタは追いかけようとする。ナルトが出て行った窓のサッシにサンダルを掛けたが、ヒナタはそこで動きを止め、今度はサクラに近づいた。
「あいつはあたしのだ。手ぇ出したらブッ殺すぞ」
 全開の白眼をそのままに、ヒナタはいつもの決まり文句を口にする。ヒナタのような迫力美人が凄んでくるのだから、ナルトじゃなくても怯むはずだ。木ノ葉きっての名門日向家の跡取り娘で、実力も図抜けており、上に立つもの特有の威圧感が備わっている。ヒナタ自身はそのことをどうも自覚していないらしく、ナルトを追いかけてはいつも逃げられていた。
「大丈夫。出さないから」
「フン。ならいいんだけどな」
 そのまますたすたと部屋を出て行こうとするヒナタの後ろ姿に、サクラは控えめに声をかけた。
「ヒナタはさ、力任せに押しすぎなのよ。たまには引いてみたら?」
 ヒナタの足が、ピタリと止まった。そしてくるりと踵を返すと、大きな胸を揺らしながらこちらに近づいてくる。あら、怒ったかしら。サクラの背中を冷や汗が伝った。
「おい」
「な、何?」
「具体的に、どうすりゃいいんだ」
 腰に手を当てて、サクラを見下ろすようにヒナタが言う。ナルトを追いかけるのは、ヒナタが自分の気持ちに素直だからだ。アプローチの仕方を変えれば関係も変わるんじゃないかと、サクラはずっと思っていた。
「そうね、まずは白眼はしまうこと」
「理由は?」
「だって、宗家の白眼よ?全部を見透かされてるみたいで、怖いんじゃないかな。追いかけたい気持ちはわかるけど、いつもそんな調子だと相手も息が詰まっちゃうよ」
「そういうものか」
「うん、そういうもの」
 ヒナタは軽く握った右の拳を口元に添えて、なにやら考え込んでいる。
 うまくいけばいいのにな、とサクラは思う。ヒナタはナルトが好きで、ナルトだって逃げ回ってはいるけれど、それは全力で追いかけられるからであり、決してヒナタが嫌いというわけじゃない。それにヒナタの一途さが、サクラには眩しく映った。なりふり構わずナルトを追いかけるその情熱と行動力は凄いと思う。人は誰かをこんなにも好きになれるんだな、と感動すら覚えた。
 ヒナタが「役立たずのポンコツ集団」とこき下ろす同期の連中も、確かに曲者揃いではあるが、サクラにとっては大事な里の仲間だ。それぞれに夢があって、好きなものがあって、守りたい人がいる。みんな、思い通りに生きられればいいと思う。火影になったら、そのための手助けができるのに。
「あと、自分以外の女の子と話してても、そっとしといてあげること」
「……イヤなものはイヤだ」
「そうなんだろうけどさ、この里にはくノ一だっているし、任務で組む時もあるじゃない」
 助言を真剣に聞き入っているヒナタの顔は、とてもいじらしくて可愛かった。こんな風に私もなりたいな、なんて思ったりする。ナルトにはああ言ったが、サクラだって恋愛をあきらめたわけではない。人並みに恋を楽しんでみたいし、家族に対する憧れは人一倍ある。火影になれば職務に忙殺されるだろうけれど、旦那さんは絶対大事にするし、子供だって産んでみたい。
 火影になるという夢が叶ったその時、自分の隣にいて欲しい人は誰か。ぼんやりと浮かぶのは、いつまでだって待てると断言したあの男の顔で、そういう自分の身勝手さには苦い笑いしか出てこない。自分のことなんて、さっさと諦めればいいのに。こんなに想ってくれるヒナタとなら、きっと素敵な恋ができるはずだ。
「少なくとも、同期くらいはいいんじゃないの?」
「お前以外は心配してない」
 ヒナタにきつく睨まれ、サクラは困ったように笑う。
 みんな、うまくいけばいい。






※映画のヒナタは、押すことしか知らない純情ヤンキーみたいなイメージ。安全ピンで腕に好きな男の名前彫っちゃうような感じの。ところでメンマさんってどういう人なんですかね。ヒナタとお付き合いとかされてるんでしょうかね。まあ、書くのは自由だから。



2012/07/30