(注)いつも書いてるのとは違う同居設定です。




 リビングに入ると、サクラがテーブルについて本を読んでいた。じっくりと文字を追っているので、小説だろうと見当をつける。もし任務の資料や医療関係の書物だったら、比べ物にならない速さでページを繰るはずだ。本当に読んでいるのかと疑問に思ってしまうのだが、ちゃんと頭の中に情報が入っているのだから、あれは特技と言ってもいい。
 サクラがゆったりとした仕草でページを捲る。何かに没頭しているその顔が、可愛いなーと思う。ちょうど暇を持て余しているところだし、戸棚から菓子箱を取り出して、いそいそと歩み寄る。サクラの背中を通り過ぎ、テーブルの足を挟んで置かれた椅子を引くと、腰を落ち着けた。
「何読んでんの」
「恋愛小説」
「おおー、女の子っぽい!」
「不倫して、どうにもならなくなって、今は無理心中を考えてる最中」
「おおー……前言撤回」
 せっかくの気分転換なのだから、もっと軽い内容の本を選べばいいのに。ナルトには、サクラの選択がよくわからない。
「なんでそんな本読んでんの」
「導入部が綺麗だったから。最初は純愛よ。でも、一度別れて再会してからはドロドロ系」
 ページをぱらりと捲り、サクラが言った。ナルトは「ふーん」と生返事をしながら菓子箱のフタを開け、中に何が入っているかを確かめる。
「煎餅、残ってる?」
「んー、辛いやつしか残ってない」
 ナルトは菓子箱の中身をがさごそと物色しながら返答する。箱から出したその手には、ナッツを混ぜ込んだクッキーが二枚。
「詰め合わせを貰うと、ウチはやっぱり残っちゃうわね。醤油は?唐辛子だけ?」
「醤油なんか、最初に食っちゃったよ。あとは山椒がちらばってるのと……うん、見事に唐辛子ばっかだな」
 二人揃って甘党なため、食べ物の嗜好は丸被りだ。煎餅といえば、ざらめと砂糖醤油は特に競争率が高い。
「サスケん家に持ってこうかな」
「残り物を持ってったら、怒鳴られちゃうわよ」
「そっかなー。あいつ、案外喜ぶんじゃね?」
 サクラはふう、と息を吐くと、栞を挟んで本を閉じた。ずっと同じ姿勢で肩が凝ったのか、テーブルに上体をだらりと持たれ掛ける。
「純愛って、したことないなー」
 冴えない顔で、サクラがぽつりと呟く。
「ええっ!?いやいやいや。ほら、ね、ほらほら」
 何かやましいことでも抱えているのか、不穏なことを口にするサクラに、ナルトは慌てふためいて自分とサクラを交互に指差した。
「昔さ、鉄の国まであんたを追っかけたことあるでしょ」
「ああ、うん。あったね」
 あの一件が二人の間で話題に上ることは、ほとんどない。特殊すぎる状況があの奇妙な事態に繋がったのだと考え、ナルトは告白自体をなかったことにしていた。今さら何を言い出すのかと、サクラの表情を探る。
「今でもわからないの。あの時の私は、一体誰のことが好きだったのか」
「サクラちゃんは、ずーっと一途だったよ。横で見ていたオレが一番良く知ってる」
「どうかしら。ただの盲目よ。大蛇丸のところに行くって知った時、私はあの人を木ノ葉に縛りつけようとしたんだもの。それがダメなら、私も一緒に連れてって、なんてね。相手の気持ちなんて何ひとつ考えずに、いつだって自分のことばっかり」
 読んだ本の内容に引きずられているのか、その顔は晴れない。
「あんたのことだってね、見てるだけでいいって。そう思ってたの」
 サクラはテーブルの上に置いていた両手を引き寄せると、甲の上に頭を乗せた。
「木ノ葉の英雄で、他里の忍からも一目置かれていて、きっと将来は火影になるはず。立派になっていく姿を傍らで見守っていようってね。それで満足できると思ってた」
 何の表情も浮かべず喋り続けるサクラの声を、ナルトは遮ることができない。そんなことを考えていたなんて、想像もしていなかった。
「でも、触りたくなっちゃった」
 サクラは右手を伸ばし、ナルトの指をそっと撫でた。
「その気持ちが、浅ましい」
 消え入りそうな声を聞くなり、ナルトの眉根がぎゅっと寄る。すぐに離れていきそうなサクラの右手をきつく掴むと、ナルトは余った片方の手で菓子箱の中を乱暴に漁った。
「触りたいと思うことが浅ましいってんなら、オレは純愛なんていらねー。そんなのクソ食らえだ」
 山椒の振りかかった煎餅を、思い切りバリッと噛み砕く。口の中に広がる風味が苦手なのだが、今はなんでか固いものが食べたい気分だった。ぼりぼりと齧りながら、ナルトは続ける。
「遠巻きに見てるだけなんて、そんなのオレが許さねえ。無理やりにでも振り向かせるしな。銅像じゃねえんだから、見てるだけで我慢できるわけねえだろ」
 きつい口調になるのを抑えられなかった。いつものサクラと様子が違うのは、読んだ本に影響を受けたからだ。どんなことが書いてあるのか知らないが、きっとろくな内容じゃない。
「オレだって、それほど身奇麗な男じゃないよ」
「じゃあ、不倫はオッケーってことだ」
「なんでそうなんの!それとこれとは話が別!」
 いったいどこまで引きずられているのか。傍らに置いてある本を取り上げる。この続きを読ませることには、断固として反対だ。
「ったく、誰だよ、この本書いた奴……って!ああっ!」
 作者の名前を探してぱらぱら捲れば、なんと最終ページに自来也の顔写真が貼り付けてあった。高らかな笑い声が、脳裏に響き渡る。
「イチャイチャシリーズ以外にも書いてたのね、自来也様」
「あんのエロ仙人!くっだらねぇ小説出しやがって!黙ってエロだけ書いてりゃいいのに!」
 できれば破って捨てたいが、師匠の著作と知ったからには無碍に扱うこともできない。怒りの捌け口が見つからず、ナルトはがしがしと頭をかきむしった。
「この続き、ぜってー読むなよ」
「えー、なんでよー」
「なんでって、今みたいに変なこと考えるから!絶対ダメ!」
「変なことって、人聞き悪いなあ」
 不服そうな顔のサクラにも、ナルトは強い態度を崩さない。無理やり読まされたイチャイチャシリーズも絶望的につまらなかったが、まさか他の著作までろくでもないとは思ってもみなかった。ド根性忍伝だけが奇跡だったのかもしれない。
 後日、エロ仙人の著作は家に持ち込み禁止というお触れが、ナルトから出された。




2012/08/18