「こんなとこかなっと」
 ずっと曲げていた腰を戻すと、軽く握った拳で腰を叩きながら水場に向かった。さて次は何をしよう、とナルトは考える。夕飯を作るには早すぎる時間だし、本や雑誌を読む気にもなれない。睡眠はたっぷり取ったので、昼寝の必要もない。中途半端に空いた時間を持て余し、あてもなく外をぶらつくことにした。
 とりあえず食材の購入は後回し。よく行く店をいくつか冷やかして、里の中心まで歩く。その途中、雑貨屋の奥に見えた時計は、四時を指していた。今日は早めに上がると言ってたし、木ノ葉病院前で待ち伏せなんてしてみたらどうだろう。いたずら小僧の顔になったナルトは病院に移動し、近くに据えてあるベンチに腰を下ろした。ここからなら、病院を出入りする人の顔を確認できる。
 ふらりと入った本屋で出たばかりの忍術雑誌を買ったが、それを広げることもなく、ぼんやりと過ごす。まだかなー、いつ出てくるかなー。日差しが気持ちよくて目を閉じる。今はともかく昔は意味もなく里の中をふらつくことはなかった。こんな風に人を待つのは初めてなんじゃなかろうか。
 過ぎたのは三十分か、はたまた一時間か。時計を持ってこなかったのでわからないが、見舞いの花を抱えた忍と入れ違いに、サクラが出てきた。じーっと視線を送っているとすぐにサクラはこちらに気づき、ほんの少しだけ目を丸くする。ポケットから出した右手を振ると、サクラは微笑んで手を振り返し、小走りでこちらに近寄ってきた。
「驚いた。病院に用事でもあったの?」
「んー?いや、特には」
 サクラが側に来るのを待ってから、ベンチから立ち上がる。買った雑誌を脇に挟むのを忘れない。
「夕飯の材料買うから、寄ってこうぜ」
 食材店がある方角を指で示すと、サクラも頷いてナルトの後ろについて歩く。病院から数分の場所にあるその店は、食材があらかた揃っている。帰りがけに買い物をするにはちょうどいい。ぎしっと重たい扉を開けると、夕飯の買い出しに賑やかな空気の中を二人は進む。野菜売り場は素通りし、まっすぐ向かうのは鮮魚が並ぶ一角。
「作るものはもう決めてんだ。野菜たっぷりの炒め物と、煮物の残りと、焼き魚。魚は干物にしようかな」
「最近アジが続いてたから、他のがいいな」
「安いもんだから、ついつい買っちゃうんだよなー。久しぶりにシシャモとか?目刺もいいな」
「ホッケは……少し高いか。じゃあサンマは?」
「サンマは生を焼くのが一番うまい。生といえば、金目鯛の煮付けとか美味いよな。オレ作れねーけど」
 値札と魚を見比べながら話をしていると、不意にサクラがくすりと笑った。
「ん?なんかおかしいこと言った?」
「違うの。楽しいなーと思って」
「へ?」
「仕事帰りにこういう買い物するのって、もしかして初めてじゃない?すれ違いばっかりだし。たまにはいいね、こういうの」
「それ、わかる。オレも楽しかったよ、病院の前で待ってる間」
「ええ?ほんとに?苛々しなかった?」
「待ち伏せって、おもしれー時間の使い方だよな。自分のために使ってんのか、相手のために使ってんのか、よくわからん」
「待ち伏せって言うのかしら。あれは迎えに来たっていうんじゃないの?」
「ふーん、そっか。だったら雨の日は傘持って迎えに行ってやるよ」
 値段も手ごろだし、今日はシシャモにするか。シシャモの乗った笊を掴もうとしたところで、サクラの手が横からすっと伸びてくる。
「じゃあ、病院まで迎えに来てくれたら、お礼に一品何か作ってあげよう。今日のお礼は金目鯛の煮付け。あんたは隣で野菜炒めね」
 そう言ってサクラは、並んでいる中で一番新鮮そうな金目鯛の笊を手に取る。自分で作るよりも、誰かが作ってくれる料理の方が嬉しいし、美味しい。
「いいの?時間かかるんじゃね?」
「切って煮るだけよ」
 肩を竦めて、事も無げに言う。
「それが難しいんだけど……」
「あんたの場合はさ、魚でも何でもいじりすぎなの。あと、火加減が雑。私は炒め物の方が苦手だわ」
「あんなの切って炒めればいいだけじゃん」
「うん、この話はやめよう。平行線だわ」
 そこでいったん話を切って、二人は会計の列に向かった。
 ご馳走って何だろう。ナルトはそんなことをふと考える。人によって意見は違うだろうけど、たとえば高級な肉や新鮮な魚、あるいは一流店の名物料理。でも、こんな気分の良い日にお互いの手料理をつつけば、プロの手がけた料理よりも美味しく感じるかもしれない。いや、きっとそうに違いない。調味料の買い置きはあったかしら、なんて隣で首を傾げている可愛い人も、そう思っているといい。




2012/08/12