「カンクロウさん!お久しぶりです!」 そろそろ出発しようか、と準備を整えていた時のことだ。聞き覚えのある声に、カンクロウは手を止めて顔を上げた。 「その後、お身体の調子はどうですか?」 声の主は春野サクラだった。以前目にした忍服とは異なり、木ノ葉ベストを着込んでいる。自分もまた傀儡師の黒装束ではなく、砂の忍服姿。お互い様とはいえ、不思議な感覚だ。 「その節は世話になったじゃん。ありがとな」 「いいえ、そんな。カンクロウさん、奇襲部隊なんですよね」 「そうそう。部隊長じゃんよ。こっちは別働隊だからな、今から出発だ」 「私が所属してる班の班員が一人、奇襲部隊に編成されているんです。少し空気の読めない奴ですが、間違いなく腕利きですよ」 「そりゃ頼もしい」 「お互い、無事な身体でまた会いましょう。それじゃあ!」 「おう」 サクラは笑顔でそう言うと、仲間の元へ駆けていく。サクラが遠ざかると、肩のこわばりが抜けるのがわかった。どうやら緊張していたらしい。なんだか妙だ。 「どうした、珍しくため息なんかついて」 気配もなく、すぐ近くで声がした。ギクリとして振り返る。 「うおっ!なんだお前、居たのかよ!」 実姉のテマリが、いつものように厳しい眼差しをこちらに向けていた。 「やめとけ、あれは高嶺の花と言うんだ。無謀すぎて、とてもじゃないが勧められんぞ」 「そういうのよせって。木ノ葉の知った顔に聞かれると厄介じゃんよ」 「そうか?冗談の通じない奴らだな」 その手の冗談を一番嫌うタイプのくせに、よくも言ったものだ。カンクロウは呆れながら背嚢の紐を閉じる。 「で?」 「何だよ」 「なんだってため息なんかついてやがるんだ、と聞いているんだ。言ってみろ」 「何でもねぇって」 「よし、木ノ葉の連中に冗談を広めてやる」 「おっまえ止めろって!洒落にならねぇじゃんよ!」 テマリの肩を掴んで引き止めれば、鋭い眼光で射抜かれた。引く気は微塵もないらしい。大戦を控えた今、不安要素は少しでも拭っておきたいのかもしれない。こうなれば、正直に白状するしか道はなかった。 「なんつーか……息が詰まるんだよな」 サクラと話をしている時、胸を圧迫されるような感覚がある。空気を重く感じるのだ。 「命の恩人に対して、その言い草はないだろう」 「そりゃわかってるじゃんよ。だから俺だっていつも通りを心がけてだな、」 「あの娘が恐ろしいか?」 その問いかけに、カンクロウはすぐに答えを返せない。心のどこかでそれを感じていたが、素直に認めることもできない。その昔、尾獣化した我愛羅と対峙した時は満足にメシも食えなくなったが、あの頃の自分とは違う。今は砂隠れの上忍であり、里内では発言権のある重要職についている。他里の中忍に恐れを抱くなど、到底受け入れられるはずもない。 「まあ、わからんでもない」 思いもよらない返しに、カンクロウはまじまじとテマリの顔を見てしまう。 「畏怖、とでも言うのかな。人の領分を遥かに超えた力を見せつけられた。そんな感じだ」 黙っていれば三日と待たず死に至る。そんな猛毒を身体に浴びて、カンクロウは死線をさまよった。砂の医療体制では手に負えず、サクラの到着がもう少し遅かったら命を落としていたのは確実だ。後日、呆れるほどに怖いもの知らずな姉の口から、生まれて初めて「肝が冷えた」という言葉を聞き、改めて状況の最悪さを実感したものだ。 「特にお前は、実際に救われた側だからな。そういう感覚を持っちまうんだろうよ」 「……砂の忍は、医療忍者に慣れてねぇからな」 「あれはほとんど神業だ」 テマリはそう言うと、カンクロウからすっと視線を移す。見つめる先を辿れば、サクラの姿があった。サクラは同じ部隊と合流し、何度か見かけたことのある顔を相手に、何やかやと話をしている。そこかしこに顔を強張らせた奴らがいる中、笑っていられる余裕さえあるらしい。これから世界を左右する戦争がはじまるというのに、大した豪胆さだ。赤砂のサソリと戦って生き残ったのだから、肝の据わり方は折り紙つきと言える。 「この戦争では、木ノ葉の医療忍者が後方に控えている」 「世話になるつもりは毛頭ないけどな」 「お前、また毒を食らって足手まといになるなよ。今度は心配なんかしてやらんぞ」 「そんなヘマするかっての。お前こそ、飛ばしすぎて奈良を困らせんなよ」 「フン、足を引っ張るようなら、躊躇なく置いていくさ」 「ったく、これだもんよ」 「合流できれば、また夜に」 「おう」 カンクロウの声を背に、テマリは二歩三歩と離れたが、やがてくるりと振り返る。 「この戦争は、お前らの働きにかかってる。期待しているぞ」 「任せてくれじゃん」 ニッと笑って応えれば、テマリも口角を上げた。 2012/07/25
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