「おー、ナルトがモテてる」 いのの視線を辿ると、甘味処の窓越しに、談笑しているナルトが見えた。その向かいに立つのは、顔に幼さを残したくの一だ。憧れと断言するにはいささか情熱的な色をその瞳に宿らせ、くの一はナルトの一挙一動を見逃すまいとしている。 「あいつさ、少しだけ不用意よね」 いのは顔を前に戻すと、頼んだばかりのフルーツタルトにフォークを突き刺しながら言った。見るからに甘ったるそうな色と匂い。団子や饅頭の良さは解するが、この手の甘味は正直苦手だ。シカマルはアイスコーヒーをずずっと啜る。 「自分に特別な好意を持ってるって、わかんないのかな。あー、美味しい!あんたも一口いる?」 「いや、オレはいい。気づいたとして、どうすりゃいいんだよ。距離でも置くか?」 「そこまでしろとは言わないけど……。なんていうか、誰に対しても無防備なのよね。距離がやたらと近いっていうか」 「あいつにとって、目の前にいる奴が男か女かってのはあんま関係ないんだろ」 サクラ以外の女に尻尾を振っているところを見たことがない。ナルトの中で何かしらの区別があるとしたら、サクラかそうじゃないかというただ一点のみだとシカマルは思う。 「うーん、それはそれで問題あるような気も……」 呟きながら、ケーキをまた一口。気遣わしげな表情が、満面の笑みに変わる。 「同期としては、羨ましいとか思うわけ?」 フォークの先端をナルトに向けて、いのが言った。その口調はからかう風でもなく、素直な疑問を口に乗せているのがわかった。シカマルは立ち話をしているナルトの様子を眺めながら、のっそりと口を開く。 「オレぁ、別に。他の連中は知らねー」 「悔しがるのはキバあたり?シノがそういう興味を持ってるところは想像つかないし……。チョウジはどうかしら」 「人気があっていいな、と思うくらいじゃねーの?あいつ、素直だし」 「チョウジはね、そのうちびっくりするくらい気立てのいい子を連れてくるわよ」 いのは、内緒話をするように顔をシカマルに近づけて、こっそりと言う。 「ああ、それはオレも思う」 「あんたはどうかなー」 テーブルの上に両肘を乗せて、いのはじーっと真向かいのシカマルを見る。 「……お前、品定めするみてーな顔すんなよ。めんどくせーな」 「理想の相手は見つかったの?ブスでも美人でもないフツーの女」 「それなんだけどよ」 「何」 「その条件だと、割と誰でもいいってことになっちまうんだよな」 「いまさら気づいたの。あきれた。あんたって、頭いいんだかバカなんだかわかんないわよね」 「うっせえ。ほっとけ」 「絞りやすいように、他に条件付け足せば?」 「メシがうまけりゃ言うことねーよな」 くたびれた身体で玄関を開けると、待っているのは女房と手作りのあったかい飯。家に帰る理由は、それだけで十分だ。加えて子供でもいれば文句はない。 「じゃあ、厨房に立ってるあの人は?このお店、料理も美味しいし」 「あ?……ありゃ可愛いって部類に入るだろ」 「おおっ!あんたにもそういう審美眼があるとは!なんか意外だわ!」 「お前、オレのことなんだと思ってんだよ」 「じゃあさ、私は?まあ、もちろん美……」 「フツーじゃね?」 「表出なさい。ブッ殺すわよ」 胸倉を掴まんばかりの勢いで身体を乗り出し、いのは凄んでくる。はいはい美人ですよ、と話を合わせたところで、嘘を言えばすぐにバレるというのに。何をしたって怒鳴られるのか。 「しゃーねえだろ。ちっせえ頃から顔突き合わせてんだから、お前の顔がどうだかなんて、もうわかんねーんだよ」 「何それひどーい。ん?待てよ?」 何かを閃いたような顔で腕を組み、いのは考え込む。あ、めんどくせえ話がはじまるな。いち早く察したシカマルは口を噤み、アイスコーヒーに刺さったストローを咥えた。 「てことはさ、私って、あんたの条件に引っかかるんじゃないの。なるほどー」 うんうん、と頷きながら、いのはフォークを手に取り、皿の上に半分残っているフルーツタルトを切り分ける。幸せそうな顔で、一口ぱくり。 いのの考えていることがわかるのは、一緒に任務をこなしているときぐらいで、それ以外となると完全にお手上げだ。口を挟む隙間はない。シカマルは考えることを放棄し、興味のなさそうな顔でアイスコーヒーを飲む。 「一人目は女の子がいいんだっけ?その子には山中のピアスを渡すとして、二人目の男の子は奈良に譲ってあげよう。奈良の遺伝子、濃そうだしね。男は絶対あんたソックリの顔よ」 いのがつらつらと並べている間、シカマルはストローでがしゃがしゃと氷を突いていた。さっきから吸い続けているのだが、中身が全然減らない。喉が渇いていたので一番大きいサイズを頼んだら、なんとジョッキで出てきた。そんなに飲めるわけねーだろ、と心の中で突っ込みながらも、ここまで付き合った自分を褒めてやりたい。 「ありかなー、どうかなー。うーん……」 間延びした声を出しながら、いのは天井に顔を向ける。少々間が空いた。きっと人生のシミュレーションでもしているのだろう。 「いやー、ないか。ないわね」 「ほー、そーかい」 予想通りの答えにのんびりした声を返し、シカマルはジョッキを遠ざけた。こうしている間も氷が解けて嵩は増えるし、もう吸うこと自体がめんどくさい。 「それに私、婿養子希望だし」 「お前、ただでさえハードル高ぇのに、その条件に頷いてくれる奴なんているのかよ?」 「私のことを愛してくれるんなら、それぐらい覚悟してもらわないと」 「ったく、お前の旦那は大変だな」 「そんなのお互い様よ。私、尽くすタイプなの」 しれっとした顔でそう言うと、皿に残った最後の一欠片にフォークを突き刺し、口の中に放り込む。最後の一口を無邪気に楽しむいのを眺めながら、未来の旦那に同情した。 ※周囲が「ええっ!?」と思うような話を平気でする。そんな二人だと面白いと思う。なんだかんだ言いつつ、その後くっついちゃってもいい。 2012/07/05
|