泥沼



泥沼




(注)爛れたエロスなので、成人されていない方、あるいはエロスが苦手な人は読まないようにお願いします。




 風呂から上がり、髪をタオルで乾かしながら脱衣所を出ると、ベランダに不穏な気配を感じた。夜も深い時間帯、しかも玄関ではなくベランダに現れること自体、ただならぬ事態がその人を襲ったことを示していた。
 カーテンを開けると、ナルトはベランダの柵にもたれ掛かり、顔を俯けていた。掃き出し窓を開ける音にも反応はなく、ゆるく指を組み合わせた両手をじっと見ている。サクラは首に掛けたタオルで、頬や額にこびりついた返り血を拭ってやった。
 土埃のついたサンダルを脱がせると、手を引いて部屋の中に招き入れ、ベッドに座らせた。ベストの前を開けて、腕をゆっくり引き抜くと、脱がせたそれをハンガーで吊るす。タンスから取り出した新しいタオルをナルトの膝の上に置いてから、温かい飲み物を用意するためにサクラは台所に向かった。
「サクラちゃん」
「……ん?」
 立ち止まり、振り返る。ナルトはサクラを見ることもなく、翳った目をベランダに向けていた。
「オレんこと、好きか」
「ええ、好きよ」
 当たり前のことを言い聞かせるように、言葉を声に乗せる。
「そうか……」
 そのぼんやりとした弱々しい声は、サクラの言葉がナルトの心のどこにも引っかからず、あっさりと素通りしたことを示していた。
「私だけじゃないわ。この里の人間は、誰だってあんたのことが好きよ。サスケ君も、カカシ先生も、シカマルも、キバも、サイも」
 ナルトと親しい人物の名前を次々に連ねていくが、その顔を覆う濃い影は消えなかった。
「そうかな」
「そうよ」
 きっと何かを見せられたんだろうと、サクラは見当をつけていた。ナルトの目は、幻術に深く嵌りこんだもの特有の症状を示していた。目の焦点が合わず、反応がおそろしく鈍い。
「ここは、木ノ葉だよな」
「里の大門を通って、病院に向かってまっすぐ歩いた先にある、私のアパートよ」
「……だよな」
 ナルトは両手を開くと、その手のひらを不思議なものを見るような目で眺めた。
「体ぜんぶに分厚い膜がかかったみたいに、感覚が鈍いんだ」
 右手をぎこちなく開閉し、自身の感覚を確かめる。三回その動作を繰り返したが、感覚は戻らないらしい。膝の間に両手をだらりと下げる。
「なあ、触ってみてくれないか。オレ、ここに居るよな?」
 抑揚のないその声に、サクラはベッドに歩み寄る。ナルトの傍らに立つと、青白い頬に触れた。
「服を脱いで」
 ナルトは言われるままのろのろと手を背中に回し、上着を首から引き抜く。その間に、サクラもまた着ている衣服をすべて脱ぎ去った。ベッドに乗ると、裸の上半身に背後から覆いかぶさる。強張った冷たい身体に、36度の熱が伝わるように、ただじっと待つ。
 力なく落ちた裸の肩に、唇を寄せる。耳の後ろ、がっしりとした首筋、肩にかけての曲線。聴覚に訴えかけるように、音を立てて啄ばむ。その間もサクラは両腕でナルトの身体を抱きかかえ、その胸や腹を手のひらで撫で上げた。早く戻ってきて。そんなサクラの切なる願いは届くことなく、ナルトの身体はぴくりとも動かない。浅い呼吸を繰り返すだけの、肉の塊だった。もっと強い感覚が必要なのだろう。サクラは迷いを振り切り、ナルトの下穿きの中に手を忍び込ませる。
「どう触っていいかわからないけど……」
 しなだれた性器に指で触れ、おずおずと手のひらで包む。何をしても反応がなかったナルトの手が、わずかに持ち上がった。サクラの肘に手のひらを乗せると、手首に向けてゆっくりと滑らせ、性器に触れる五本の指それぞれに自分の指を重ねた。ナルトに導かれるまま、サクラは手を動かす。
 最初は表皮を撫でるだけ。ほんの少しだけ力を入れて擦ると、やわらかさを伴ったそれは、サクラの手の中で質量を増していく。ああ、こんな風に変化をするのか。そんなことを思いながら、爪を立てないように注意を払った。人差し指の腹で鈴口をいじると、粘液が溢れてくる。ちゃんと反応が返ってくることに、心から安堵する。
「感覚……まだ、鈍い?」
 自身の胸や腹をナルトの背中にぎゅうっと押しつけ、耳たぶを薄く食みながら、囁きかける。
「水ん中にいるみてえ」
 その言葉を聞いたサクラは、下穿きから手を引き抜くと、身体を離した。ナルトは、迷子のように不安そうな目でサクラを見る。安心させるように細かな口づけを顔に降らせながらナルトの正面に回ると、腰に手をあてがった。意図を察したナルトが、ベッドに両手をついて、腰を浮かす。尻から腿にかけてを撫でながら下穿きごと脱がせ、足から裾を引き抜いた。
 その場所に唇を寄せるのは初めてだった。近くで眺めたこともない。目蓋にするように、ほんの軽く一度、二度と口付ける。
「して欲しいことがあったら、言ってみて?」
「舌で……いい?」
 いつになく切羽詰った声に、ぎゅうっと胸を締め付けた。先ほどナルトに導かれるまま手で施したことを、今度は舌で繰り返す。サクラの髪にそっと触れるだけだったナルトの手が、行為をねだるように髪をかき混ぜ、サクラの頬や額を手のひらで擦る。その手の温かさが愛しくて、嬉しくて。自分が何をしているのか、という羞恥を捨てさせるには十分だった。
「このまま、出したい」
 サクラが行為を止めないのを確認すると、両手でサクラの頬を挟み、自らの腰を動かし始める。サクラは辛そうに顔を歪ませるが、ナルトから逃げようとはしなかった。
「……出るっ」
 苦しげな呟きが耳に届いた一瞬後、口の中で何かが弾けた。口内に吐き出されたものを飲み干すと、立ち上がってナルトの身体を抱き寄せる。そしてベッドにゆっくりと身体を倒すと、今度は正面から素肌を合わせた。金色の髪を梳き、生え際やこめかみに口づけて、額をこつりと合わせる。互いの鼻先が擦れるほどの距離で、好きよ、とサクラが囁く。世界の誰より好きだと言って、頬を撫でる。
「サスケよりもか」
 鼻の詰まった震える声が、縋るように言う。
「そうよ。ナルトがいいの」
「カカシ先生はどうだ、シカマルは、キバは、ヤマトたいちょ……」
 ナルトはそこで喉を詰まらせ、ぼろぼろと大粒の涙を零した。
「オレんこと、一人にするなよ……」
 サクラの息が止まるほどきつく抱くと、唇を貪る。あれほど鈍かった反応が嘘のように、その舌が口内をかき回した。
「オレ以外の男なんか見るな。話もすんな。好きに触らせんなッ!」
 荒い息を吐きながら、ナルトは強い口調で捲くし立てた。
「……ん、はあ……ナルト以外に、私は……知らないの、んっ!……他の誰も、やっ、あっ」
 乳房を揉みしだく手や、敏感な場所を探る舌の動きが激しすぎて、もはや言葉にならない。行為に慣れていないからか、あるいは身体が未熟なのか、いつもは受け止めるのに必死で、強い快楽を感じることはない。しかし今は、いつもより感じ方がずっと強い。痺れるような感覚が身体の内側から溢れてくる。求められるままに身体を開き、嬌声をあげた。
 この人は、いったい何を見たのだろう。
 強靭でまっすぐな精神を、こんなにもボロボロにするなんて。
 激しい怒りと、ナルトへの愛おしさが綯い交ぜになり、感情をコントロールできない。気づけばサクラもまた、涙を流していた。
「オレだけ見てろよ……頼むから……」
 その日二人は、泣きじゃくりながら身体を繋いだ。




 カーテンが勢いよく引かれ、眩しい光が目蓋を鋭く貫いた。
「朝よ、ナルト。起きて」
 ぺちんと額を軽く叩かれ、寝ぼけた顔がむくりと布団を持ち上げる。
「御飯作ったから、一緒に食べよう。それとも先にシャワー浴びる?」
 ナルトは不可解そうに部屋を眺め回していたが、やがてその顔はみるみるうちに青ざめていき、やっちまったと言わんばかりに顔を両手で覆う。ここがどこなのか、そして昨夜何があったのかを、ようやく理解したようだった。
「あのさ、サクラちゃん。昨日はオレ……」
「そんなのいいから、早く顔洗って。私は今日も任務なの。寝なおすなら家に帰ってからにしてね」
 そう言ってサクラは、念のために置いてあるナルトの着替えをベッドの上に放った。慌しく立ち回るその姿は、ナルトの言い分を寄せ付けない。ナルトは言いたいことをひとまず飲み込んで、Tシャツを頭から被った。
「朝メシ食ったら、すぐ出るよ。大丈夫」
「そう?じゃあ、食べようか」
 サクラはトースターから焼きたてのパンを取り出し、ロールパンは自分用、トースト二枚はナルト用の皿に盛る。小さな丸テーブルの上には、ベーコンエッグが二人分すでに並んでいた。ナルトはテーブルの前に胡坐をかき、皿の到着を待つ。
「あんたはこれも」
 サラダの小鉢が容赦なく置かれると、ナルトは少しげんなりした顔をする。炒め物ならなんとか食えるようになったが、生野菜が苦手なのは昔と変わらなかった。
「いただきます」
 ぱちんと二人揃って両手を合わせる。もそもそとロールパンを食べるサクラとは対照的に、ナルトはバターを軽く塗ったトーストを大口で齧る。
「ここね、今月いっぱいで引き払うことにした」
 箸で割ったベーコンエッグを口に運びながら、サクラが言う。
「なんで?超便利だって気に入ってたじゃん。食い物屋は近くにたくさんあるし、スーパーも歩いてすぐでしょ」
 ナルトは耳だけになった一枚目のトーストを口の中に放り込んで、指についたパンくずを取り皿の上で払う。グラスに入った牛乳を勢いよく飲むと、二枚目を掴んだ。
「まあ、ちーっとだけ狭いかもしんないけどさ。新しい部屋って、もう決めてんの?探すんならオレも手伝うよ」
「新しい部屋を探すつもりはないのよ」
「なんだよ、実家に戻るんか」
「ううん。あんたの家に、私を置いてくれる?」
 二枚目のトーストが、空中で止まる。口をあんぐり開けたまま、ナルトがサクラを見る。
「どゆこと?」
「あんたの家に住みたいの」
 朝食を終えたサクラはマグカップを両手に持ち、ナルトの目をじっと覗き込む。
「あのボロアパートに?」
「そう、あの愛すべきアパートに」
「冬は寒いし、夏は暑いし、風呂は狭いし、ベッドは古いし、」
「でも、あんたが居るわ」
 そう言いながらナルトの頭に手を伸ばし、ピンと跳ねている寝癖をなおす。
「悪い話じゃないと思うんだけどなー」
「そんなの悪い話なわけねーよ!来てくれんなら嬉しいよ!けどさ!」
「けど、何よ」
「……昨日みたいなことがまたあったら、困るし……」
「何言ってんの。どうせ押しかけてくるんなら、同じことじゃない」
「そ、そりゃそうだけど、」
「一緒に暮らしたら、幻術になんか引っ掛からないよ。ね?」
 昨夜、涙のあとが残るナルトの寝顔を見ながら、ずっと考えていた。深く落ちることなく踏みとどまらせるには、どうしたらいいのか。たとえ幻術に嵌ったとしても、あそこまで引きずることなんて、今まで一度もなかったのだ。そのことは、サクラにも少なからず衝撃を与えていた。
「どんなもの見たって、こっちに引き戻してあげるから。一緒に暮らそうよ」
「……カッコいいなぁ、サクラちゃん」
「その反応は、了承ってことかな?」
「もちろん!」
 ニカリと笑うその顔は、いつものナルトそのもので、サクラもまた笑う。
 大事なのは、たぶん積み重ねだ。ナルトの中にある記憶の地層が、こんな他愛も無い毎日で埋まっていけば、今回のようなことは起こらないんじゃないだろうか。浅はかな考えかもしれないが、何もしないよりはずっとマシに思えた。
「荷造り手伝ってね」
「おう。オレも家ン中片付けとく」





※九喇嘛がいるんだからナルトに幻術は通用しないのはわかってるんですけどね。九喇嘛にどつかれて目を覚ましたけど、だいぶ深いとこまで掛けられちゃった、とかなんとか。まあね、ただの二次創作だからね。




2012/06/20