「あー、つっかれたー……」 治療を終えると、テンテンはくたびれた声を出して、机の上に頭を突っ伏した。診察中も元気に口を動かしていたが、その実、だいぶ体力を削られていたのだろう。やっと里に帰ってきたという安堵もあるかもしれない。 「なんなら、奥のベッド使います?」 あまりに疲れている様子なので助け舟を出すサクラだが、テンテンは「うーん」と間延びした声を出して悩みはじめた。 「起きられなくなりそうだから、このまま少しだけいい?」 「ええ、それは構いませんけど、辛いなら遠慮しないで使ってくださいね?」 そう言い残して、サクラは丸椅子から立ち上がる。簡易ベッドの寝心地はそれほど良くないが、体力回復の手伝いくらいにはなるはずだ。念のために、ベッドの脇に置いてある収納棚の扉を開けた。今日は少し冷えるし、ブランケットがあった方がいい。 「ありがと。今回はちょっと手こずってさ。やっぱり厄介だわ、血継限界ってのは」 「たまに居ますよね、反則じゃないの?って術を使う忍」 背後の空気が微妙に変わった。なんだろうと思い、棚を探る手を止めて振り返ると、テンテンは呆れ顔でこちらを見ていた。 「何言ってんのよ、他人事みたいに。あんたなんて、まんま綱手様じゃない。何をやっても治されんだから、厄介なことこの上ないわよ」 サクラは棚の扉をぱたりと閉じ、取り出したブランケットをベッドの上に置いた。 「まだまだ足元にも及びませんよ。体術だって医療忍術だって、いつまで経っても中途半端。そろそろ修行内容を考え直さないとダメですかね」 口を動かしながら、溜まっている雑務を片付けるべく、テンテンの横を素通りする。 「あのねぇ、サクラ。ここだけの話だけどさ、あんたに期待してる人って結構いるのよ?」 「期待って、何をです?」 「綱手様の次」 「……ええっ?」 サクラは足を止め、眉を顰めて何やら考えた後、テンテンの真向かいに置いてある丸椅子にすとんと腰を下ろすと、至極真面目な顔で問いかける。 「あの……もしかして私、悪目立ちしてます?」 自分の立ち位置が奇妙だということは、サクラも薄々感じていた。下忍時代に師事していたのは木ノ葉が誇る写輪眼のカカシ。次に弟子入りしたのは、伝説の三忍にして千手柱間の血を引く五代目火影で、スリーマンセルの面子はといえば、大騒動を起こしたうちはの生き残りと、木ノ葉の英雄うずまきナルト。派手な名前に取り囲まれてはいるが、サクラ自身はといえば、どこぞの末裔やら血継限界やら秘伝忍術やらとは一切無縁のただの人。例えるなら、毛艶の良い血統書つきの中に、雑種が一匹混じっているようなもの。あの面々の中にいるんだから、実は凄い奴なんじゃないか、なんて買い被られているのかもしれない。 「ちがうちがう、そういうんじゃないよ」 顔を強張らせるサクラに、テンテンは笑いながら手を左右に振った。 「うちはだの千手だの、戦争の火種になりそうな名前はもうたくさん、なんて声も少なからずあるのよ。だったらいっそのこと、血に縛られていない人間はどうだ、なんてね。あんたの名前がその筆頭ってわけ」 そもそも木ノ葉は成り立ちからして「血」に振り回され続けている。先の大戦はその歪みから発生したという一面も確かにあり、「あれは木ノ葉の内輪揉めだよ」と綱手はぽつりと零していた。その内輪揉めが世界を巻き込んだ大戦争に発展したのだから、人によっては思うところもあるだろう。 「優秀な忍者はたくさんいるじゃないですか。なんだって私が……」 「そりゃあ、綱手様の愛弟子だからね。医療に強い木ノ葉隠れっていう五代目が作った流れは、みんな大事にしたいんじゃない?なんたって安心感が違うよ」 「そうは言ってもですね、」 「そうそう、血に縛られない新しい木ノ葉の象徴にもってこいじゃないかって声も聞いたな」 「……象徴、ですか」 サクラの表情から戸惑いが消え、一気に態度が硬化する。 「あらら、不満そう」 「神輿にかつがれるのは、不本意ですね」 「もしかして怒った?」 「いえ、別に」 膨れ面で返されても説得力はない。 「ふふっ、率直に言いすぎたかな?」 机にもたれていた上半身を持ち上げると、テンテンはぐんと伸びをする。そして息を吐きながら身体を弛緩させると、まっすぐな目でサクラを見た。 「みんな、夢が見たいのよ」 サクラは伏せていた顔を持ち上げ、テンテンと目を合わせる。 「どこの一族に生まれ落ちるかで道が決まるなんて、そんなのつまらないじゃない。血も術も持っていないまっさらな人間が、必死こいて這い上がって、てっぺんに立つ。そういう夢物語を見てみたいのよ。あんたは、いわば庶民の夢を背負ってるってわけ」 「そんな大げさな」 「そうでもないよ。あんたがその気になれば、すぐにでも道は拓かれる」 冗談を言っている風でもなく、テンテンは不敵に笑う。目の前にいるのは信頼のできる仲間だというのに、なぜだろう、悪魔に手を差し伸べられている気分になる。 「申し訳ありませんが、その夢は夢のままで終わりそうです。ご存知の通り、私にはどうしても火影にしたい奴がいますんで」 「えー、いいじゃーん。目指そうよー。応援するからさー」 サクラのつれない返事に、テンテンはつまらなそうに文句を連ねる。 「だいたい器じゃないですよ。こんな小心者の頭でっかちが里を背負ったら、あっという間に潰れちゃいますって。私以外をあたってください」 「あんたぐらいしか思い当たらないよ。もういい、こうなったら不貞寝してやる」 テンテンは机に両手をついて立ち上がり、奥のベッドに足を向けた。サンダルを脱いで身体を横たえると、簡単には諦めないからねー、と不貞腐れた声。 「……ゆっくり休んでください」 サクラは困惑気味に返すと、ベッド脇のカーテンをサッと引いた。 ※春野さんは冗談半分に聞いてるけど、テンテンは案外本気。非エリートが庶民の好感を呼ぶというのは、どの世界でもあることです。ナルトは四代目の息子でうずまき一族の血縁っていう超エリートだし。 2012/06/12
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