ナルトが、岩隠れの所有する島に一時隔離されるらしい。その話をカカシから伝え聞いたのは、三日前のことだった。情報統制を徹底するためか、場所については一切伏せられている。上層部からは、ナルトとの接触を避けるように通達があったらしい。当たり前のことだ。万が一でも勘付かれることがあってはならない。
 だけど、ま、お前らは色々あるだろうから。
 そう言ってカカシは、サクラの肩をぽん、と軽く叩いた。その言葉の意味するところはすぐにわかった。顔を見に行ってこいと、カカシは言っている。サクラは悩みに悩んだが、出発を間近に控えた日の夕方、ナルトが寝起きをしているテントを訪ねることにした。
「ナルト、居る?」
 声を掛けてからテントの入り口を捲くると、ナルトは敷き布の上に胡坐をかき、背中を丸めていた。
「ちょい待って……もー少しだから……ああ、くそ!」
 ナルトはなんとも難しい顔をして、針に糸を通そうとしていた。縫い物は不得手なのだろう、針穴に糸がうまく通らないらしい。
「どうしたの、繕い物?」
「うん。背嚢の底に穴があいてんだよ。今回は荷物多いし、このままほっといたら破けちまう」
「じゃあ、ちょっと貸して」
「……もしかして、やってくれんの?」
「私だって上手な方じゃないけど、あんたよりはマシよ」
 ナルトの傍らに腰を落とすと、ずいぶんと年季の入った背嚢を手に取り、広げてみる。確かに底の一部が小さく裂けていた。大きな修繕ではない。これなら自分の腕でも何とかなるだろう。
「針と糸、貸して」
「はいはい」
 慎重な手つきで差し出してくる針と糸を受け取ると、繕い仕事に手をつけた。ナルトはサクラの仕事ぶりをにこにこと嬉しそうに眺めている。その視線をまともに受け止めることはできなかった。ナルトに事情を伏せたまま、事は大きく動き出している。
 ねえナルト。私、戦争に行くわ。
 あんたの知らないところで、大事な仲間が傷つくかもしれない。
 あんたに何も言わないで、サスケ君にまた刃を向けるかもしれない。
 サクラは背嚢にちくちくと針を通しながら、懺悔にも似た言葉を胸の内で呟いた。
「やっぱ上手いってばよ、サクラちゃん」
「このくらいで褒められてもね……」
 細かい刺繍ができるだとか、着物を仕立てるのが得意だとか、そういう特技があるわけでもない。必要最小限の繕い物で褒められても苦笑しか出なかった。ナルトは知らないかもしれないが、同期の二人はもっと腕が良い。
「オレ、これからしばらく里から離れるけどさ、」
 何を言うつもりなのか。ぎくりと胸を突かれ、手が止まりそうになる。サスケのことを口に出されたら、何と返事をすればいいのか。
「サクラちゃんの顔、見れて良かった!」
 ナルトはそう言うと、屈託のない顔で笑ってみせた。身体中を満たしている後ろめたさの隙間を縫って、ナルトの言葉がすっと入ってくる。
「そうね……私もよ。会えて良かった」
 考えがまとまる前に、自然と口が開いた。思いもよらない返答だったのか、ナルトは顔をさっと赤らめ、照れくさそうに笑う。
 カカシから顔を見に行けと言われた時、ナルトに会ってどうしろというのか、なんて反発にも似た感情が湧き上がった。嘘をついているわけではないが、かといって本当のことは何ひとつ口に出せない。現に今、こうしてテントを訪ねたはいいが、実のある話は何もできていなかった。隠し事をしていることすらなかったことにして、黙々と背嚢に針を通すだけだ。
 それでも、ナルトの顔を見て、そして声が聞けて良かったと素直に思えた。守るべきものを確認すると、心をより強く持てる。
「はい、できた」
「おー、完璧!」
 受け取った背嚢を眺めて感嘆するナルトに、大げさなんだから、とほのかに笑う。はしゃいでいるナルトをそのままに、針と糸を道具箱の中にしまった。
「じゃあ、そろそろ行くわ」
 明日の準備もあるだろうし、早々に暇を告げると、腰を持ち上げてテントの出入り口に向かう。
「あ、あのさっ!」
 頭を少しかがめたところで、背後から声を掛けられた。首だけ後ろに向けると、いつになく緊張した面持ちのナルトと目が合った。
「里に帰ってきたら、メシ、一緒にどう?」
 驚いて目を見開くサクラを前に、ナルトはたじろぎ、こめかみを人差し指でかきながら、気まずそうに目を逸らした。やっぱりダメか、とその表情が語っている。
「……一楽以外なら」
 小声の返答に、ナルトは顔をぱっと輝かせてサクラを見る。
「ほんとにっ!?」
「たまにはいいかなと思って」
「そうそう!たまにはいいと思うんだ!息抜きにもなるしさ!」
 何食いたいか、考えといて。そんな声を背に受けて、今度こそテントを出た。
「帰ってきたら、か」
 口に乗せた言葉は、少しだけ重く響いた。里を出る際にはいつも何かしらの覚悟を伴うが、今回ばかりは勝手が違った。この先どんな結末が待っているのか、想像もつかない。安請け合いはできないが、他愛もない約束を抱えて戦地に向かうのは、悪いことではないように思えた。
「何を食べようかな」
 複雑な感情を内に燻らせながらも、その頬はほんの少しだけ緩んでいた。ふう、と空に向けて息を吐き、サクラは歩を進めた。






※春野さんが出てった後、喜びの雄叫びをあげるナルトの姿が、ヤマト隊長によって確認されます。




2012/05/25