「お前さ、好きな女の子にヘッドロックかけられたことある?」
 第七演習場の丸太前。地べたに座り、伸ばした両腕で体重を支えた格好のナルトが、隣で赤丸の毛づくろいをしているキバに問いかけた。
「……は?何言ってんの、お前」
「だからさ、ヘッドロック」
「ひとつ確認しておくが、ヘッドロックって、これ?」
 キバは身体の横に右腕で大きな輪を作ると、その手首を左手で掴む。
「そう、それ」
「かけられたことはないし、かけられる予定もない。だいたいお前、男にヘッドロックかける女ってどーよ。当たるだろ、胸が」
「当たってんだよなー、たぶん」
「なんだ、たぶんって」
「だって、首絞められてんだぜ?苦しくて感触なんてわかんねーし」
「苦しいだけか」
「うん」
「そりゃ辛いな。せめて感触がわかれば役得なのに」
「というかさ、わざと当ててんじゃねーかと思う時があんだよな。男だって意識されてねーのかな……」
 ぼんやりと会話を交わしていると、「そこまで」とネジの制する声が演習場に響いた。
「あー、ダメだ、全っ然入れない!」
「ふっふー、あんたらには負けないわよー」
 悔しそうに歯噛みするいのを前に、テンテンは息ひとつ乱すことなく誇らしげにそう言った。一定時間内に懐に入れるか、というテンテンといのの勝負は、テンテンの圧勝だ。多種多様な武器を扱うテンテンは、相手の戦闘スタイルに合わせて距離を取るのが抜群に上手い。
 今日の合同演習は、リーが言い出したことだ。最初はリー、ネジ、ナルトの三人で久々に手合わせを、という話だったのだが、気がつけば人はどんどん増え、任務で里外に出ているシノと、打ち合わせがあると言ってパスしたシカマル以外はこの演習場に集合していた。
「さて、次はどうする?誰でも相手するわよー」
「格好良いですよ、テンテン!その調子です!」
「それじゃあ、私が」
 手を上げたのはサクラだった。立ち上がって腰元を払うと、両手に手袋を嵌めながらテンテンの元に近づく。
「なんと、相手はサクラさんですか。サクラさーん、ファイトです!」
「ちょっとリー、あんたどっちの味方よ!」
「仇を討ってちょうだいよ、サクラ!」
「まっかせなさい」
 すれ違いざま、サクラと中空でパチンと手を合わせて、いのは退場する。
「テンテンさん、間合いは刀でお願いできますか?」
「刀?うん、いいわよ」
「それで、刀身自体がチャクラ刀みたいに伸びるって想定にしたいんですけど」
「オッケー。ほんじゃ、今回は棒術でいこうか。その辺の調整が楽にできるからね」
 サクラの注文を聞いて、サスケの剣を想定しているのだろうな、とナルトはすぐに気づいた。先の任務でサイとヤマトと四人がかりで挑んだが、手傷ひとつ負わせられず、悔し涙を流すだけに終わった。まだ隠し玉を持っている様子だったし、次に顔を合わせる時にはもっと腕を磨いておく必要がある。
 もっと、オレが強けりゃな。そんなことを言えば、きっとサクラは烈火のごとく怒るだろう。何のために五代目火影の下で修行を積んだのか、「今度は一緒に」と約束したのに、と。頭では理解しているが、サクラがサスケに刃を向けるなんてことは、あってはならないとナルトは思っている。何より、そんな光景は自分が見たくない。
 ある日突然、「連れ戻してやったぞ」ってサクラの前にサスケを差し出せたらいいなあ、と馬鹿なことを考える。「オレが何とかするって言ったろ?」って、サクラに笑いかけてやりたい。そうすればきっと、元戻りになるのに。
「オレ、どうせかけられんならバックドロップがいいなあ」
「あ?」
「ヘッドロックじゃなくて、バックドロップ」
「……リスク高ぇだろ。打ち所悪けりゃ気絶じゃすまねえぞ」
「でも、胸の感触はわかるぞ。落とす前に後ろから抱きしめられるわけだし」
「……おお、なるほど。や、でもな、後頭部はな。愛がない」
「愛!アホか!プロレス技かけてくる女のどっこに愛があんだよ!」
「あるよバカタレ!オレはいつだって感じてるよ!一度も気絶したことないし!あれは愛情表現だね!胸を当てにきてるね!」
「バカはお前だ!サスケにヘッドロックかけてるとこなんて一度も見たことねーぞ!」
「オレとサスケじゃ接し方が違うんだよ!ヘッドロックは照れ隠しに決まってんだろ、バカ!」
「だからバカって言うな!ウルトラバカ!」
「おー、結構集まってんじゃねーか」
 二人の応酬にのそのそと割って入ってきたのはシカマルだ。手にはジュースを詰めた袋をぶら下げている。
「ほい、差し入れ。お前ら、ほどほどにしとけよ」
「なあなあ、シカマル。お前、女にかけられるならヘッドロック派?それともバックドロップ派?」
「ヘッドロックはねえよな、シカマル。バックドロップはいいぞう、何しろ密着度が高い。ほれ、後ろからこう、ぎゅうっとね!」
「それ言ったら、ヘッドロックだって胸の感触わかるし!負けてねぇし!」
「嘘言え、さっき感触なんざわかんねぇって言ってたじゃんよ!」
 やいのやいのと騒いでいるナルトとキバを眺めながら、シカマルはきっぱりと言い切った。
「オレは、技をかけてこない女がいい」






※念のために書いておくと、リー君はテンテンが負けるはずがないと思っているため、春野さんを応援しています。




2012/05/09