気がつくと、だだっ広い野原に立っていた。前を見ても後ろを見ても短い草が生えているだけで、空と大地の境目がくっきりと見える。あまりに広大すぎて、距離感がつかめない。
「ふむ、お困りのようじゃの」
 その声は、昔大好きだった声によく似ていた。きょろきょろとあたりを見回すと、思った通り三代目火影が立っていた。
「三代目のじいちゃん!つーか、何だってばよ、その格好」
 シーツみたいな白い衣に身を包み、木彫りの杖をついている。いつも頭に被っている火影の笠はどこへいったのか。
「こりゃ、じいちゃんとはなんじゃ」
「だって、じいちゃんだろ?」
「じいちゃんではない。神様じゃ」
「……じいちゃんってば、何言ってんの?とうとうボケちゃった?いっで!何すんだよ!」
 ボカリと杖で頭を叩かれる。たいして力を入れていないように見えたのだが、杖の材質のせいだろうか、やたらと痛い。こぶができたんじゃないかと、頭をさする。
「神様じゃと言うとろうが。それが証拠に、お主が会いたいと願う人物をここに呼んでやろう」
「え、そんなことできんの?」
「神様じゃからな」
 三代目火影にそっくりな神様もどきは、尊敬の視線を当然とばかりに受け取ると、もっともらしく大きく頷いた。
「こんな場所に一人きりでは心もとなかろう。ほれ、頭に浮かべてみぃ」
 恋しい人の姿かたちを思い浮かべ、ついでに名前も強く念じる。出てこい、出てこい。
 木彫りの杖を振ると、変化の術を使った時のように、ぼふん、と白い煙があがった。煙の中には、確かに人の形が見える。神様やるじゃねぇか、と見直しかけた、その時。
「はあ!?なんだよ、サスケじゃねーか!」
 顔が今より少し若い。それもそのはず、大蛇丸のアジトで三年ぶりに顔を合わせた時と同じ装束に身を包み、腰には草薙の剣を差していた。
「お主、熱心に追いかけておったろうが。せっかく呼んでやったというのに」
「そら昔はね?追いかけてたけどね?」
「なんじゃい、仕方がないのぉ」
 ぼふん、と白い煙がまた広がる。大蛇丸仕様のサスケの隣に、中忍試験の本選会場でカカシと共に現れた時のサスケが立っていた。
「確かに!確かにね、待ってた!あの時もこいつ来るの待ってた!でも今じゃない!」
「文句の多いやつじゃ」
 神様もどきが杖を振るたび、ぼふん、ぼふん、と白い煙が現れる。呪印状態2のサスケ、首だけではなく全身にくっきりと呪印が浮きあがってるサスケ、白と戦った時の満身創痍なサスケ、額あてをつけてないアカデミー時代のサスケ。なぜかサスケばかりが増えていく。
「何これ!なんで増えてくの!?」
 頭を抱えて喚くナルトの前に、またしても白い煙。そして現れたのは。
「わあ、超レア!イタチとセット!」
 小さなサスケは脛に脚絆を巻き、胴あてを着用したその上に矢筒を紐で括りつけている。隣のイタチが木ノ葉の額あてを巻いているところを見ると、おそらくアカデミーに在籍していた頃だろう。もうサスケ単体ですらない。こうなってくると、一族全員出てきそうな勢いだ。
「ああもう!全然違うってばよ!」
 わけのわからない状況に、地団駄を踏んで悔しがる。
 だって、こんなに会いたいのに。頭の中に、ちゃんとくっきり浮かべてるのに。
 ありとあらゆる年齢のサスケに囲まれて、ナルトは声を限りに叫んだ。
「なんで出てこねーんだよ、サクラちゃん!」



「……っていう夢を見たんだってばよ」
 昼飯時、向かい合って蕎麦を食べながら、ナルトは訥々と夢の内容を語った。サクラは蕎麦をずるずると啜りながら、あまり興味がなさそうに話を聞いている。他人が見た夢の話なんて、確かに面白いものではないかもしれないが、今回は強く訴えたいことがある。最後まで聞いてもらおうじゃないか。
「愛がさぁ、足りないと思うんだよね」
「あんたの?そりゃ、サスケくんが出てくるようじゃねえ。しかも増殖するって、何その設定。どんだけ会いたいのよ」
 サクラは蕎麦を箸ではさむと、小さく笑った。
「違うっつの!オレじゃなくて!サクラちゃんの!」
「はあ?」
「夢に無理やり出てくるくらいの気合があってもいいでしょう!オレってば、チョー待ってたのに!」
 憤懣やるかたなしといった様子でナルトはさらに文句を続けようとするが、そこに店員の声が被さってきた。
「すみません、あいにくと満席でして……」
 サクラはついっとそちらに視線を移すと、あれ、と小声で呟き、箸を置く。
「カカシ先生!」
「え、何、カカシ先生?」
 満席だと断られたのは、どうやらカカシだったらしい。店を出て行こうするカカシだが、サクラの声に気づいて振り返る。するとサクラは、自らの隣を指でさした。その意図を察したカカシが、にこにこと笑いながら近づいてくる。
「いやー。悪いね、お二人さん」
「混んでる時は、お互い様ですよ」
「ほらぁ……愛がない……いっで!」
 思わず不満の声をもらしたナルトの脛を、サクラが蹴り飛ばした。その話はよしなさい、と鋭い視線で制される。その隣では、カカシが店員をつかまえて「もりそば貰える?」と注文していた。二人で昼時に飯を食うのは、なかなかタイミングが難しいのに。一楽に行きたいところを、サクラの希望で蕎麦屋に変えたのに。ふて腐れるナルトを他所に、サクラはカカシと楽しそうに談笑している。こうなればヤケ食いだとばかりに、ナルトは追加のせいろを頼んだ。





 目を開けると、砂埃の舞う荒野に立っていた。植物といえば枯れた草木がまばらに見えるくらいで、どこもかしこも岩と砂しかない。いつか訪れた岩隠れの里みたいだ。
「お嬢さん、お困りのようだね」
「カカシ先生。どうしたの、その格好」
 上から下まで、無遠慮にまじまじと眺める。マスク姿は変わらないが、いつもの黒い上下ではなく、全身真っ白。一枚の大きな白い布を上からすっぽり被ったみたいに、袖も裾もやたらと長い。左目を隠すように斜めにかけているお馴染みの額あてはどこかに置き忘れたのか、代わりに巻いてあるのはどう見てもタオルだ。湯上りですか、と問いかけたくなる。
「うーん、どうやら人違いをしてるみたいね。オレね、神様だから」
「……はあ」
「こーんな何もない場所で一人きりってのは、あんまりよね。というわけで、お嬢さんが会いたいと思う人を、この場所に招いてあげよう。さあ、張り切って名前を呼んでちょうだいよ」
「別にいいです」
「……え?」
「いいって言ったんですよ。確かに人気のない場所ですけど、探せば誰かしら居ると思うんで」
 この世にタダより高いものはない。しかも見た目がこの上なく胡散臭いのだから、頼んだところでどうなることやら。吹っかけられても困る。
「いやいやいや、探しても居ないよ?オレが呼ばないと、ここに一人っきりよ?」
「あいにくと、自分の目で確かめないと納得できない性質なもので。それじゃ」
 さっさとこの場を去るのが得策だ。話を切ると、背を向ける。
「ええっ!ちょっと待ちなさいって。ん?大丈夫、先生に任せとけ」
 後半部分は、明らかに自分にあてた言葉ではなかった。しかも先生って。何よ、やっぱりカカシ先生じゃない。
「……後ろに誰か居るんですか?」
「居ないよ、居ないって。この場所には、オレと君しか居ない」
「ふーん。じゃ、探してみます」
「ああっ!ちょっとちょっと!歩き回ると危ないから!」
「大丈夫ですよ。回避能力には自信ありますから」
 明らかに挙動不審な自称神様を背後に放置して、歩く速度を上げる。その時だった。
「……もういいってばよ」
 幼い声が鼓膜を打った。遠い昔に耳にしたことのある高い声と、特徴的なその口癖。振り返ると、白い衣の端っこを握る小さな手が見えた。とどめには、金色の頭髪が膝のあたりから覗いている。
「……ナルト?」
「あっ!今、ナルトって言ったな!よーし、呼ばれたぞ!行ってこい!」
 自称神様がぱっと顔を輝かせ、背後を窺う。白い衣の後ろから、小さな顔がひょっこりと覗いた。幼少時代のナルトが、じぃっとこっちを見ている。手招きすると、こちらに向かって両手を差し出しながら、とてとて駆け寄ってきた。地面にしゃがみこんでナルトがやってくるのを待つ。腕の中に飛び込んできたその身体を抱き上げると、「早く呼んでくれってばよぉ!」と駄々っ子みたいに文句を言った。



 じりじりと響く目覚まし時計の音が、夢の中に沈んでいた意識を乱暴に揺り起こす。薄く目を開き、布団の中からもぞもぞと手を伸ばすと、目覚ましを止める。サクラはむくりと身体を起こし、なるほど、と呟いた。
 確かに、愛が足りないかもしれない。




2012/04/09