うつぶせに寝ているサクラの髪を、隣に寝転がりながら弄ぶ。指で梳いたり、撫でつけたり、持ち上げて掬ったり。さらさら、さらさら。飽きもしないで触り続ける。 「髪、触るの好きよね」 ゆったりとした仕草で顔を横たえて、サクラが言う。いつもより艶っぽい表情なのは、情事の後だからだろう。色気がないと本人は零しているが、なかなかどうして。他の男にはわからないままでいいんじゃないかとナルトは思う。 「うん。キレーだし、触り心地いいし。そういや、前はもっと長かったよね」 死の森でバッサリ切る前は、腰のあたりまであった気がする。今は肩にかかるくらいの長さで、伸びると手入れが面倒なのか、こまめに切っているようだ。 「昔好きだった人が、髪の長い子が好みらしいって噂があってね。それを信じて伸ばしてたの」 「へえー。短いのも可愛いけど、長いのもいいよなー。サクラちゃんさ、時々髪をひとつに括ってる時あるじゃん。あれ、スゲー好き。スゲー可愛い」 「あら、そ?」 「いつも隠れてるとこが見えたりするからさ。おっ、て思う」 あのお得感は、なかなか味わえない。似たような感覚は、一楽ラーメンの無料券を貰った時ぐらいか。怒鳴られることがわかっているので、口にはしないけれども。 「……ありがと」 くすぐったそうに笑うその顔に、目が釘付けになる。こうして一緒に暮らすようになっても、不意に見せる表情にクラクラしっぱなしだ。 「やっぱり、髪を褒められるのって特別なのかな。前にさ、」 以前聞いた母の言葉を口にしかけるが、はたと思いとどまる。 サクラは先ほど、サスケの名前を出さなかった。ただ「昔好きだった人」とだけ。こうして二人で布団に包まっている時だからこそ、違う男の名前を口にするのを躊躇ったのだろう。転じて自分はどうだ。こんな時に家族、しかもよりによって母親の話をするなんて、興ざめにも程がある。 「前に、何?」 「……や、なんでもない」 話と一緒に視線も逸らすが、サクラがそれを許すはずもない。いかにも続きが気になるところで話をやめてしまったのは、ナルトも自覚をしていた。 「ちょっと、何よ。その中途半端な話の切り方は」 サクラの興味を引くような話をしようと思うのだが、こういう時に限って何も思いつかない。気の利いた言葉も浮かばない。どうしようもなくなり、布団を頭から引っ被る。三十六計逃げるに如かず、である。 「前に口説いた女の話?」 布団越しに鋭い声が突き刺さり、さっと血の気が引いた。 「ちょっ!ナイナイ!それは絶対にナイってばよ!」 顔や手をぶんぶん振りながら飛び起きると、サクラは枕に肘をついた格好でナルトをじろりと見ていた。その場の空気を凍らせるほど冷たい視線だ。 「じゃあ、何よ」 「……あー、その、前に母ちゃんがさ、自分の髪を褒めた最初の男が父ちゃんだって嬉しそうに言ってたから、髪を褒められるってのは特別なことなのかなーと」 頭をかきながら気まずそうに打ち明ければ、今度はサクラの表情が曇った。ごめん、と今にも謝り出しそうな雰囲気に、これは絶対に違うことを想像しているとナルトは確信する。 「違う違う!口に出すのが辛いとかそういうことじゃなくてさ。なんというか、こう、ムードがないっつーか……」 「ムード……」 「こういう時に自分の母ちゃんの話するかよ!みたいな、ねえ」 サクラはぽかんと口を開けた後、枕にぼすりと顔を埋める。 「なんだ!どした!」 気分でも悪くなったかと近づけば、その肩は小刻みに揺れ、堪えきれない笑い声が漏れはじめた。 「あんたの口から、ムードだって……」 「笑うこたねぇだろ!オレだって色々考えてんのに!」 悔しいやら腹立たしいやらで不満をぶつけるが、サクラはツボに嵌ったのか、一向に笑いが収まらない様子だ。 「オレにとってこーいうのは、いつだって特別なの!大事にしたいのっ!何だよもー!」 今度は背中を向けて布団を引っ被る。 「もしかして怒った?」 サクラの声には、まだ笑いが残っていた。そんなに愉快なことを言ったか、オレは。 「ねえ、怒ったの?」 いつまでも無視を決め込むのは大人げないので、不貞腐れながらも返事をする。 「……怒ってねえってばよ」 「ナルト、おいで」 布団から目を出してサクラを見れば、ちょいちょいと手招きしている。 「いいから、おいで」 むすっとした表情を消すことなく、ナルトはもそもそと布団から這い出る。サクラはそんなナルトの首に両手を巻きつけると、その身体を引き寄せた。 「特別って、いい響きね」 ナルトを見上げる顔が、悪戯に笑う。 「いい加減な気持ちでしたことは、一度もねえよ」 「ふふ、いい心がけ」 満足そうに頷くと、よしよし、と頭を撫でてくる。こういう子供扱いはあまり好きではないのだが、サクラがやたらと嬉しそうなので、文句も言わずにされるがままだ。 「じゃあ、もう少しだけ特別なこと、続けようか」 囁くようにそう言うと、軽く口付ける。二度三度とそれを繰り返すと、頑なだった不機嫌面も徐々に解けていき、サクラに覆いかぶさる身体がもぞりと動く。 「他の女を口説いたこともない、つまんねぇ男でよかったら」 2012/03/28
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