「おもしれぇな、これ」
 ソファに寝そべるナルトの手には、珍しく本が広げられていた。最終ページに目を通し、ぱたりと閉じる。本を開いたら最後、一分も持たずに寝られる自信があるのだが、暇を持て余して読みはじめたら止まらなくなり、夕方になるまでずぅっと休みもせず読みふけってしまった。サクラに薦められて借りたはいいが、しばらく読まずに放っておいた本だ。著者は引退した元忍者という触れ込みで、作品の雰囲気が『ド根性忍伝』に少しだけ似ている。
「さて。続き、続きと」
 このシリーズは上中下巻の三部構成となっており、上巻は続きが非常に気になる終わり方をしていた。サクラを探して家の中をうろつくと、本やら資料やらがずらりと並ぶ部屋の扉が薄く開いている。中の様子を伺うと、サクラは本棚の前に座っていた。
「何してんの」
「ん?書棚の整理。定期的にやっとかないと、よく使う本がすぐに取り出せなくなるから」
「へー、そんなもんなの」
 サクラの脇に本が積まれているので、てっきり探し物をしているのかとも思ったが、違うらしい。出し入れを頻繁にすると、並び順がおかしくなったりするのだろうか。ナルトには全く縁のないことなので、よくわからない。
「ま、私が普段ずぼらなだけなんだけどね」
 書棚にぎっしり詰まった本は、箔押された背文字を見ただけでも難しい内容なのがわかった。これなら十秒で寝られるな、と確信をする。今は娯楽小説の続きを探しているのであって、毒草がどうだの肉体活性がどうだのという本には用がない。
「……ん?」
 本を探すナルトの目が、とある場所に留まった。数ある書籍の中で、その一角だけサクラの専門とは異なるのが気になったのだ。
「これって、サクラちゃんが読むの?」
「ああ、うん。まあね」
「中、見ていい?」
「どうぞ」
 今しがた読んでいた本を脇に抱えて、書棚から一冊引き抜く。それは封印に関する古い書物だった。少し色褪せてはいるが、大事に使われているのがわかる。こういうものは、きっと値が張るに違いない。サクラは溜め込んだ任務金をこういうものに使っているのだろうか。
「カカシ先生に譲ってもらったの。自分が持ってるより役に立ててくれそうだって。貴重なものばっかりなのよ?大事に使わなきゃ」
「へえ」
 確かにカカシは封印術の知識が豊富で、七班時代の任務でも色んな局面で役立てていた。上忍になったらカカシのように何でも解決できるようになるのかと思っていたが、残念ながらナルトは力技専門のまま。そこは適材適所、人には役割があるのだと言い張り続けている。
「最近、時間を作って少しずつ教わってるんだ」
「カカシ先生に?知らなかった。任務で必要なの?」
「んー、後々役には立つだろうけど、今は特に」 
 じゃあ、なんでまた。
 そんなナルトの疑問を引き継ぐように、サクラは続ける。
「ちゃんと知っておきたいと思ったのよ」
 サクラは書棚から本を一冊取り出すと、ぱらぱらと捲る。
「ヤマト隊長が木遁術で初めて九尾の力を押さえ込んだときね、私言ったの。その術を私にも教えてくださいって」
 初耳だった。あれはまだ力をコントロールできなかった頃、大蛇丸の挑発にまんまと乗っかり、手痛い目にあった。その時の記憶は吹っ飛んでいるが、近寄るサクラを傷つけ、周囲を破壊しつくしたらしい。
「木遁術はヤマト隊長にしか使えない。だったら、四代目が施した封印を勉強することで知るしかないでしょ?あんたの身体のこと。でもね、学べば学ぶほど、改めて思い知るわ。四代目って、とんでもないのね」
「どういうこと?」
「四象封印。使い手はかなり限定されるはずよ。聞いてみたら、カカシ先生でも難しいんだって。九尾絡みの封印式は正直お手上げだって言ってたわ」
「ビーのおっちゃんが言ってたよ。立派な封印なんだって。オレには、それ以上のことはわかんないけどさ」
「ここに、居るのね」
 ナルトの腹に、サクラがそっと手のひらをあてる。
「うん」
 九尾のチャクラを一度でも浴びた者は、その恐怖の傷跡を消し去ることができないという。マダラの瞳術で操られた九尾は、一夜にして木ノ葉の里を壊滅状態に追い込んだ。今なお多くの者にとって九尾は憎むべき仇である。腫れ物扱いは慣れたものだが、理解をして欲しいという気持ちをナルトは捨てていなかった。
「大丈夫、こいつとはうまくやってるよ」
「誤解しないで、信じてないわけじゃないの。知ることが大切なのよ。それにあんたの一部なんだから、私だって愛したいわ」
「……そっか」
 お前、愛だってよ、愛。
 腹の中の獣に呼びかければ、まるで興味がなさそうに寝ている。人間風情の言うことなぞ信用できるか。そう言いたげな態度だ。
 今はナルトの腹の中でおとなしく収まっているが、器が変わればまた一から信頼関係の積み直し。悲劇を繰り返さないためには、尾獣たちに安住の地を与える必要があった。初代火影をはじめとする並々ならぬ実力者が手を焼いてきた歴史を知る者たちは、本当にそんなことができるのかと懐疑的だ。しかしナルトには諦めるという選択肢がない。
「まあ、じっくりやってこうぜ。木ノ葉がずーっと持て余してきた強情者なんだからさ」
 腹を撫でるサクラの手を握り、ニカリと笑う。
「そういやオレさ、これの続き探してんだよ。どこにあんの?」
「ああ、今は貸し出し中」
 サクラに上巻の表紙を見せると、あっさりとそんなことを言われた。
「えっ、何それ。どういうこと」
「さっさと読まないから、他の人に貸しちゃったわよ」
「あー……よし、わかった。ちょっくら買ってくる。まだ本屋開いてるだろ」
「返ってくるの待てば?」
「今すぐ読てぇの!」
 勢いよく立ち上がると、リビングに戻ってテーブルの上に転がっていた財布をポケットに引っつかみ、サンダルを突っかけて外に出た。
 腹の中の強情者は、言葉というものをまるで信用しない。何を言ったところで行動が伴わなければ無視をされるし、こちらの話を聞くようになるまで時間がかかる。サクラの言葉には、毛ほども靡かないだろう。
 しかし残念ながらというべきか、サクラはあれで行動派だ。サスケの奪還に失敗したとみるや綱手に弟子入りし、今では医療のスペシャリストとして里から一目置かれる存在になっている。ナルトが呆れるほどの勉強好きだし、尾獣の封印式を苦もなく扱えるようになる日がくるかもしれない。そうなれば、さしもの強情者も耳を貸さないわけにはいかなくなるだろう。
 お前、覚悟したほうがいいぞ。
 獣は丸くなったまま、つまらなそうにフンと鼻を鳴らした。





※今後の本誌展開によっては使えないネタですが、まだ連載中なんでね。九尾とナルト、どうなるのかな。腹の中にずっと居るのなら、一緒に生きていく覚悟をせねばならんわな。




2012/01/25