「さて、お前らは引き続き、暗号の解読を頼む」
 ナルトが妙木山に消えるのを見届けた後、里の大門に背中を向けて、綱手が言った。
「……やってはみます」
「そう言うな。期待しているぞ」
 執務が溜まっているのだろう、先を急ぐ綱手に、シカマルとサクラは揃って頭を下げる。シカマルが姿勢を正すと、サクラは大門の向こう側、先ほどまでナルトが立っていた場所に目を向けていた。どれだけ修行期間を取れるかわからないが、ナルトならば何がしかの収穫を手にして戻ってくるだろう。
「オレらも行くか」
「うん」
 二人はこの後、暗号部に顔を出す予定になっていた。シカマル、サクラ、シホの三人で、自来也の遺した暗号について話し合いをするためだ。里の大門から暗号部までは、歩いて二十分ほど。二人はその道行きを黙って進む。ナルトには笑顔を見せて手を振っていたくせに、隣を歩くサクラは仏頂面だ。シカマルは饒舌ではないし、サクラ相手に積もる話があるわけでもない。沈黙のまま道を歩くのは慣れたものだが、漂う空気が何しろ重苦しくて、気が滅入った。サクラの機嫌を損ねるようなことを、何かしでかしたろうか。シカマルは考えを巡らせるが、すぐに放棄する。いくら考えたところで、こちらが想像もつかないようなことに腹を立てているにちがいない。だから女は面倒くさい。
「……ナルトに、何か言ったの?」
「少しだけな」
「じゃあ、あいつが立ち直ったのは、あんたのお陰か。ありがと」
 口ではそう言っているが、礼を言う態度では全く無い。どう返したものか。
「オレじゃなくても、なんとかなったさ」
「どうかしら」
 一体、何をぶんむくれているのか。サクラから向けられる尖った感情に辟易する。シカマルにしてみれば、カカシから半ば押し付けられた頼まれごとをこなしただけのこと。出すぎた真似をするつもりなど毛頭なかった。
「あのなぁ、お前の役目でもよかったんだぞ?話さえすれば、確実に何かが変わった。お前、ナルトに会いに行ったのか?」
「行ったわよ。差し入れ持って、ナルトの部屋まで」
 予想を覆す返答に、シカマルは呆けた顔で隣を見る。
「でも、ドアをノックしようとして、急に怖気づいた。無理に笑うだけだったらどうしよう、とか。私が言っても、何も伝わらないかもしれない、とか……。結局、差し入れの袋をドアの前に置いて帰ってきちゃった」
「だったら、なおのことだ。ナルトと話をすればよかったんだよ」
「私は身内を亡くした経験がないもの。両親はいるし、師匠も健在。私がナルトと対等に話ができるのは、サスケくんが絡む時だけよ」
「お前、そういう言い方はないだろう」
 あまりに考えが捻くれている。そんなことを言ってしまえば、ナルトとまともに話ができる連中なんて、この世に一握りしかいなくなってしまうではないか。
「だって本当のことだもの!仕方ないでしょう!?」
 心の中にずっと溜めていたのだろう。鬱憤を晴らすようなその言葉は、思いがけず大声になる。サクラはハッと我に返ると、気まずそうに俯いた。
「……ごめん」
「いや、いい」
「完全な八つ当たりだった。ほんと、ごめん」
 二人は道の真ん中に立ち止まり、じっと黙りこくる。
 サクラにも、思うところがあるのだろう。最初に組んだスリーマンセルというのは、仲間意識がことさら強い。シカマルの所属する十班だって、班員の三人にしか理解し得ないことがある。七班は特別に面倒ごとの多い班で、サクラの抱える苦悩も複雑なのだろうと予想できた。その環境には、少しばかり同情する。
「……今回ばかりは、オレの役目だったかもしれねえな」
 サクラはシカマルの言葉にそっと顔を持ち上げる。
「同じ境遇を味わったヤツじゃないと伝えられない言葉ってのは、確かにある。そいつをオレが正しく伝えたか、あいつがオレの言葉をどう捉えたか、それはわからねえ。結果として立ち直ったんだから、まあよしとするけどな」
「その結果が大事なのよ」
「あまり結果にこだわるな」
 サクラを見ていると、うまく立ち回ろうと気負うあまり、手足が縮こまっているように思えてならない。こういうのは柄じゃないとわかっていながら、同期のよしみか口は動く。
「お前がナルトに与える影響は、お前が思う以上に大きい。お前の一言は、オレなんかよりずっと響くぞ」
「ナルトはね、私の言うことなんか聞かないわよ。昔っからそうだもの」
「お前が託した『一生のお願い』ってヤツを、躍起になって叶えようとしてるのは誰だ?」
「それは……」
「この先、たとえ何があってもナルトの側を離れるな。それは、お前にしかできないことだ」
 惚れた女が隣にいれば、できないことは何もない。そう思えるぐらいにナルトは単純であり、サクラに惚れ込んでいる。
「お前じゃなきゃ、ダメなんだよ」
 強い口調でそう言い切ると、サクラは押し黙る。
 考え込むような間が流れた。
「……わかった」
 サクラは目を瞑り、小さく頷く。
「わかんないけど、わかった」
「なんだそりゃ!わかんないって、お前!」
「しょうがないでしょ?納得できないんだから!側を離れるな?この先どうやったって七班の名前はついて回るに決まってるでしょ。どうせ離れられやしないわよ!」
 サクラはそう言うと、暗号部に向かう道を再び歩きはじめる。機嫌をなおすどころかますます悪化したらしく、早足な上に歩調も荒い。ナルトのような単細胞を言い含めるのはできても、女を説き伏せるのは無理なようだ。
 やっぱり女って生きモンは、めんどくせえ。
 シカマルは深いため息をつきながら、サクラの背中を追った。




2011/11/23