冬の寒い朝に、淹れたての珈琲を飲む。それがサクラの至福なのだと知ったのは、仲間としての一線を越えてから、しばらく経った頃のことだ。任務の時は珈琲なんて嗜好品は縁のないものだし、深い仲になる前はサクラの私生活に立ち入ることを許されなかったので、初めて聞かされた時はずいぶん意外に思えた。あんな苦いもの、よく飲めるな、ともまた。ナルトの選択肢は、朝でも昼でも夜でも牛乳のみ。もうずっとそんな生活だ。
「ねー、珈琲飲みたくない?」
 やっぱりきたか、とナルトは思う。こんなに冷え込んだ朝は、布団にくるまってダラダラと朝寝をするのが一番楽しいのに。ナルトにとっては、珈琲よりもあったかい布団の方がよっぽど大事だ。
「オレはいいや」
「えー、飲みたいって。あついやつ。飲みたいでしょ、ふつー」
「それはサクラちゃんが、でしょ?自分の分だけ淹れりゃいいじゃん」
「嫌よ、寒いもの」
「即答かよ。オレだって寒いっての」
 自慢じゃないが、このボロアパートは隙間風がビュービューだ。床なんて氷のように冷え切っているし、ストーブでもつけない限り布団からは間違っても出たくない。
「のーみーたーいー」
「冷たい空気が入ってくるからバタバタしなーい」
「あー、もうガッカリ。次は絶対、朝必ず珈琲淹れてくれる男を選ぼう」
 床に脱ぎ散らかした服をごそごそと探りながら、サクラは不穏なことを言う。よっぽど飲みたいらしい。サクラが飲みたがるので、手際が悪いながらも淹れ方は知っている。淹れてやればいいだろう、ともう一人の自分が囁くが、寒いものは寒いし嫌なものは嫌だ。冬の朝寝は人生最大の楽しみ。そう断言してもいい。
「あ、これがいいかな」
 サクラは服を一枚選び取ると、頭からすっぽりと被る。
「サクラちゃん、それ、オレのパーカー」
「知ってるわよ。これが一番あったかそうなんだもの」
 ナルトは身体をごろりと横にして、枕に肘をつく。そして、寒い寒いと呟きながら台所に向かうサクラの後姿を、じぃっと見つめる。サイズの大きい服を着ていると、線の細さが余計に際立った。あの細い身体の中に、骨と内臓が一通り収まっているのだろうか。人体の不思議を実感せざるをえない。
 バチン、とガスコンロを押す音が響く。ごそごそと淹れる準備をするサクラを遠巻きに見ていたが、長すぎる袖を邪魔そうにまくるその仕草に、ん?と気づいた。肩の縫合部分は二の腕に垂れ下がり、ワンピースというには短すぎる丈からは、すらりと伸びた足。
 なんだこりゃ、えらいこと可愛いじゃないの。
 いつもは見られないその姿に釣られてふらふらと布団から這い出ると、強烈な冷気がナルトの身体を襲った。
「うええ、さーみぃ……」
 小声の呟きに反応し、サクラが振り返る。
「何よ、結局アンタも起きたの?ていうかパンツ一丁!ありえない!」
「いやー、だってさー、朝イチで必ず珈琲淹れる男を見つけたら、さっさとそっち行っちゃいそうだしさー」
「だったら私が起きる前にしてよ……」
「それ無理。だって、その格好にムラムラして布団から出たんだし」
「うわ、最悪!」
 のっそりと台所に向かい、口付けようと顔を寄せれば、手のひらでぐっと押し返された。負けじとその手首を取って、ぎゅうっと抱きつく。
「サクラちゃん、寒い。チョー寒い」
 さすがに素っ裸は寒いので暖を取ろうと思ったのだが、厚手のパーカーに邪魔をされた。なにせ防寒機能に特化した、ゴツい布地のパーカーだ。
「……いいや、脱がせちゃえ」
「ギャー!何すんの!」
 裾を持ち上げると、間髪いれずに色気のない声が飛んでくる。
「何だよその声、ムードもへったくれもねえなあ」
「あんたに言われたくないわよ!……あ、やだ、ちょっと!」
 後ろの裾から右手を差し入れ、背中を滑らせる。冷たくなりつつあった指先に温もりが戻っていくのがわかった。
「ん……火、危な……」
 舌を絡ませながら左手でガスを止めると、すかさず膝裏をすくい上げる。
「珈琲なら、後でオレが淹れてやっから」
 温みの残るベッドの中に転がり込み、絡み合う。
 これもまた、朝の至福。




2011/12/24