朝一番に報告書を提出しにいったナルトが、木の板を両手いっぱいに抱えて帰ってきたのは、午後二時過ぎのことだった。呼び鈴が鳴ったことで来客かと思ったが、玄関の扉を開けると見慣れた顔がそこに立っていた。拍子抜けすると同時に、その腕に抱えられた木の板に目を奪われる。
「ごめんね、手ぇ塞がっててさ」
「そりゃ見ればわかるけど……」
 その板は、一体何に使うのか。ナルトが長いこと住んでいたボロアパートでもあるまいし、この家に補修が必要な箇所はどこにもない。
「前から頼んでたんだけどさ、今日ようやく受け取りに行けたんだ」
 器用に足だけでサンダルを脱ぐと、板を抱えたまま廊下を通り過ぎ、そのまま縁側にまっすぐ向かう。
「何に使うのよ、それ」
「まあまあ。見てなさいって」
 板をひとまず壁に立てかけると、ナルトはベストを脱いで部屋を出て行く。戻ってきたナルトの手には、滅多に使うことのない木槌、小さなビニール袋いっぱいの釘に、紙やすり。
「本棚に余裕がなくなったって、サクラちゃん困ってたでしょ。だったらオレが作ろうと思ってさ。またヤマト隊長に頼んでもいいけど、あんまり頻繁だと人使いが荒いって怒られちゃうしなー」
「ええ?ナルトが作るの?本棚を?」
「オレね、こういうの得意なの。それに、塗装するわけじゃないから、わりと簡単に作れるよ」
「作ったことあるような口ぶりね」
「腕に覚えありってヤツですよ」
 そう言うと、ナルトは腕をまくって縁板に腰をおろす。最初に手に取ったのは紙やすり。板の表面に紙やすりを滑らせ、丁寧に磨いていく。その手つきに迷いはなく、手馴れていると言ってもいい。サクラはナルトの隣に陣取り、興味深い顔つきでその様子を眺める。
「最初に作ったのはね、木の箱。オレ、急に背が伸びたから、ベッドの長さが足りなくなってさー。さすがにベッドを作り直しってのはハードル高いし、しょうがないから箱を作って、その上に座布団乗っけたの。足伸ばさないと、どうも寝つきが悪いんだよなー」
 サクラが木箱の存在に気づいたのは、部屋に通うようになってしばらく経ってからだ。洗濯をしようとシーツを引っぺがすと、ベッドの足元に木箱が置いてあった。
「あれ、あんたが作ったんだ」
「売り物だと思ってたの?あんなのどこにも売ってないって」
「どっかから拾ってきたのかなー、とか」
「ああいうのってさ、自分で作るしかないんだよ。雨漏りの補修なんかも自分でやってたし、結構楽しいんだよね」
 ナルトは小さな頃から植物を育てることが好きだった。それと大工仕事には、何かしらの共通点があるような気がする。自分の手で何かを作る、育てる。そういう作業が元々好きなのだろう。
「この板だって、今使ってる本棚のサイズ通りに切ってもらったんだぜ?最近仲良くなった大工の棟梁に本棚のこと相談したら、余った木材わけてくれたんだ。ついでだから切ってやる、なんて言ってくれてさ。紙やすりで表面磨いたら、あとは釘を打つだけ」
「てことは、あれと同じ本棚ができるってこと?」
「そうそう。そっちのが都合いいでしょ」
「へー、すごーい」
「オレは壊す専門だからね、たまにはこうして物を作っておかないと、なんてな」
「そういうことなら、私もお手伝い」
「サクラちゃんはダメー」
「えー、なんでよー」
「手ぇ怪我すると大変でしょ。それに、サクラちゃんは治す専門の人なので」
 同期の男どもに聞かせてやりたい台詞だ。あいつらはどうも自分のことを女と思っていないところがあり、一緒に任務をするともれなく力仕事が回ってくる。力仕事はチャクラの消耗が激しいというのに。
「あんたも過保護ねえ。ま、悪い気はしないけど」
「大事にされてると思ってよ。オレなりの愛情表現。よし、こんなもんだろ」
「じゃあ、次は釘打つの?」
「……何で嬉しそうなの」
「やらせてやらせてー」
「ダメだっつの」
 サクラは両手を伸ばしてせがんでみるが、ナルトは木槌を渡そうとしない。釘の先端を板にあてがい、木槌でこつこつと小刻みに叩く。よく見ると、板には細かく印がついていた。
「その印のとこに釘打つだけでしょ?いいじゃない、簡単そう」
「サクラちゃんは器用な方?」
 唐突かつ手厳しい質問に、サクラはぐっと口ごもる。
「器用な方ですか」
 一字一句をしっかり発音し、ナルトはサクラの目をじっと見る。
「器用……とは言えない」
 その一言で訴えは却下となる。サクラはふてくされた顔でじーっとナルトの手元を見るばかりだ。ナルトは二本三本と釘を打っていくが、もの言いたげなサクラの視線に大きく息を吐いて、腰を持ち上げる。何か取りに行くのかと思えば、ナルトはサクラを背後にまわり、続いて後ろから抱きかかえるようして座った。
「な、何よ」
「何って、やりたいんでしょ?」
 ナルトはサクラの手に木槌を握らせると、空いた左手を伸ばして釘を掴む。
「釘を指で軽く挟んで……そんな強く握るとかえって危ないから。そう、そんな感じ。で、曲がらないようにまっすぐ持って、木槌を……って!ちょい待ち!そんな振り上げなくていいって!板が傷つくから!」
「ああもう!さっきからうるさいのよ!」
「勝手にやらせたら怪我するって!」
「だったら、もうちょっと離れて!」
 背後から腕を囲われ、すぐ耳元から声がする。この体勢は非常に落ち着かない。顔が赤くなっていないか気にしながら、木槌で釘の頭をこつこつ叩く。ナルトはサンダルを突っかけると、今度はサクラの顔が見える位置にしゃがみこんだ。
「ドキドキしちゃった?」
 ニヤニヤと笑っているその顔めがけて木槌を振るってやろうかと思うが、もう少しで釘が打ち終わるのでやめておく。
「こーんな男前が後ろにくっついてたらね!手元も狂っちゃうよね!」
「……うるさくて集中できないだけよ」
 縁板の上に置かれた釘を手に取り、場所を変えてもう一回。教えられた通り、慎重に木槌を振るう。
「そうそう、そんな感じで軽くね。ほんで、途中で曲がらないように気にしながら叩く。仕上げは大きく叩いちゃっていいよ」
 ナルトはまっすぐ綺麗に釘を打ち付けていたが、サクラが打つと少し曲がってしまう。板に釘がはみ出るほどではないにせよ、棚の完成度を考えると、ここらが潮時だろう。釘を二本打ちつけたところで、サクラは木槌の握り手をナルトに向けて差し出した。
「もういいの?」
「私には向いてないことがわかったわ」
「最初はこんなもんでしょ?慣れてきたら、また変わるって」
 ナルトは木槌を受け取って、サクラの隣に座る。釘打ちの再開だ。実際にやってみてわかったが、この作業は数をこなすことが大事らしい。ナルトがいとも簡単に打っているように見えるのは、今までの経験に加えて腕が良いからのようだ。
 自分が釘を打っていた時はぎこちない音だったが、今は軽快な音が響いている。何年か前に木ノ葉が壊滅状態になった時、この音がしばらく里を覆っていた。少し懐かしい音だ。
「さっきあんたが言った『壊す専門』ってのは、大間違いね」
「ん?」
「あんたの作る料理は意外と美味しいし、大工仕事もできるし、最近じゃ下忍の面倒も見てる。十分、何かを生み出す手だわ」
「そうかな?」
「そうよ」
 木槌を振るう手が一旦止まり、少し考えるような間があった。
「……うん、結構嬉しいな、それ」
 柔らかな笑みを浮かべて、ナルトは噛み締めるように呟いた。



 二時間の工程を経て本棚は無事に完成し、書斎に運ばれた。おおむね綺麗に仕上がったが、木枠の上部、サクラが打った釘の頭は少し斜めにへこんでいた。興味本位で手を出さなければよかったと落ち込むサクラだが、それも手作りの味だとナルトは笑った。




2011/09/02