「影分身ってさ、オイシイ術だよなー!」
 しこたま酒が入り、気心の知れた野郎どもが集まれば、盛り上がる話題はただひとつ。べろべろに酔っ払ったキバが、上体を前のめりにしてナルトに問いかけた。
「お前も楽しんでんだろ?オレにも教えてくれよー。夜のお供に影分身!だっはは!」
「あ?楽しむって何だよ」
「鈍いな、てめえも!影分身でご奉仕してんだろって話だよ!」
 つまり何か、自分と影分身とサクラの三人でイチャコラということか。ようやく合点がいったナルトだが、残念ながらというかなんというか、今までそういう思考に至ったことは一度もない。なるほど、影分身にはそういう使い方もあるらしい。
 少しの尊敬を込めて、お前あったまいいなー!と返そうとしたが、酒で顔を赤らめたシカマルが、キバの問いかけに首を振る。
「そら無理だ。こいつの尻の敷かれっぷりを考えてもみろよ。そんな真似したら家から追いだされんぞ」
 そりゃそうだ、と声を合わせて連中はゲラゲラ笑う。
「下手すりゃ主導権もあっちなんじゃねえの?」
「お前がサクラをどうこうできるとは思えんからな!思い切りブン殴られそう!」
 やいのやいのと外野の声は止むことがない。
「お前ら、オレのことなんだと思ってんだよ!」
「忠実な犬?」
 キバの一言に、どっと場が沸く。
「よーし、わかった!後でお前らを散々羨ましがらせてやるってばよ!」
 ナルトは勢いよく席を立つと、大股で座敷を横切り、靴を履く。
「ナルト」
 キバの隣で静かに酒を飲んでいたシノが、ナルトの名前を呼んだ。ナルトは不貞腐れた表情で後ろを向き、何か用かと視線で促す。
「無理はするな」
 シノの一言に、酔っ払いどもはついに腹を抱えて笑い出した。
「お前ら全員、笑い死ね!」




 鍵を開けると、気配を消して家に入る。
 サクラはすでに床についているらしく、家の中は静まり返っていた。台所で水を一杯飲んでから、寝室の扉を開ける。ベッドに近寄ると、小さな寝息が聞こえてきた。傍らにしゃがみこみ、サクラが寝ている様子をじっと眺める。
 かーわいいよなあ、サクラちゃんは。
 忍として動き回っている時は、とても凛々しくて綺麗だ。熱っぽい目でサクラを見つめる野郎どもを、何人も知っている。あんま見るんじゃねえ、と思ってしまう辺りが大人気ない。気の知れた同期と喋っていると、肩の力が抜けるのか、その表情は少しだけ幼くなる。いのと一緒にいる時のサクラを見るのが、特に好きだ。アカデミーの頃から変わらない面影をそこに感じ、思わず見入ってしまう。
 最初こそまともなことを考えていたのだが、やがて思考は飛びに飛び、頬がだらしなく緩むのと指を十字に切るのはほぼ同時だった。そして隣に現れるのは、おなじみの影分身。
「おい、わかってんな?」
「お前も好きだなぁ……」
 影分身が呆れた顔でそう呟くのを、じろりと睨みつける。
「いいから、こっち来い」
 入り口近くの離れた場所で、事に至るまでの段取りを説明する。正攻法で挑んでも家を追い出されるだけだ。そんなことはシカマルに指摘されずともわかっている。雰囲気を盛り上げたところで影分身がこっそり登場し、なし崩しで事に持ち込む。これしかないだろう。
「つーわけで、お前はこの場で待機。こりゃダメだと思ったら出てくんな。空気を読むように」
「なんだよ、待機って!オレは見てるだけかぁ!?」
「当たり前だろ、お前は影分身なんだから!本体はオレ!ほれ、あっち行け!」
 しっしと手を振って影分身を部屋の外に追い払おうとしたところで、布団の擦れる音がした。
「……ナルト?帰ってるの?」
「うん。ごめんね、起こしちゃって」
 サクラの少し寝ぼけた声にそう答えたのは、なんと影分身だった。呆気に取られるナルトを置き去りに、淀みのない動きでベッドにすうっと歩み寄る。
 あんにゃろ、何してくれてんだ!
 心の中でそう思えど、自分がそこに割り込んでしまえば、サクラに不審に思われてしまう。そっと扉の影に身を隠すと、影分身とサクラが交わす会話とその行動に、じっと注意を傾ける。よもや影分身相手に間男のような真似をする羽目になるとは。情けなくて涙が出てくる。
「今日はちょっと忙しくて、早めに寝かせてもらっちゃった。帰って来るの待ってようと思ったんだけど、ごめんね」
「そんなの、全然!疲れた時は遠慮しないで先に寝ることって、前に約束したしな!」
 お前が言うなよ!約束したのは、このオレだ!
 あまりの腹立たしさと、この状況の間抜けさに、ナルトは頭を抱える。
「ん、ありがと。ナルトも寝る?」
 サクラが布団を持ち上げると、影分身はいそいそとベッドの中に潜り込むではないか。そこは自分の定位置だ。影分身だろうが何だろうが、譲る気はこれっぽっちもない。
 あんにゃろ、ぶっ殺す!
 ナルトはたまらずに飛び出すと、ベッドに大股で近寄る。影分身はといえば、寝入ったサクラに抱きつかれる格好で、悠々とベッドを占拠していた。そしてナルトの視線に気づくなり、頬に笑みをニヤリと浮かべる。ざまぁみろという心の声が、その表情から嫌というほど伝わってくる。
「てんめぇ……」
 腹の底で燃え滾る怒りをそのままに、布団を剥ぎ取ると、影分身の胸倉を引っつかんだ。
「サクラちゃんに指一本触れてみろ、タダじゃおかねえぞ」
「はあ!?オレはお前だってばよ!大体、何のために……」
「四の五の言うな、黙ってうせろ」
 なおも反論しようとする影分身の鳩尾に、拳を一発食らわす。影分身が消えると、殴った衝撃がナルトの身体に返ってきた。
「いってぇ……」
 想像以上に重く強い打撃に、うめき声が出た。そこまで力を入れた自覚はなかったのが、どうやら加減ができなかったらしい。咳き込みたいのを無理やり抑えて、その場にうずくまる。すると再び、布団の擦れる音が響いた。起こしてしまったかと顔を上げれば、サクラは寝返りを打っただけで、すやすやと眠っている。よほど疲れたらしい。ベッドの端に腰を下ろすと、人差し指でサクラの前髪をそっと掬う。
 飲み屋でキバ達相手に吼えた言葉を、忘れたわけではない。しかし、己の作った影分身にすら触れることを許さない自分には、到底できる真似ではなかった。
「くっそー、あいつらに何て言うかなー」
 気持ちよさそうに寝ているサクラの隣で、ナルトはガクリと肩を落とした。





※後日、キバに事の顛末を報告をすると、「本当にやるか、フツー!」とバカにされ、仲間から「よう、変態くん!」と肩を叩かれるようになりました。酔っ払いの言うことをまともに聞くものではない、という話。つーか、AVの見すぎですよ!
ところで、影分身の受けた衝撃って、本体に返ってくるのかね。そういう設定じゃないんだろうな、と後から気づいた。




2011/08/28