「あ、」
 任務帰りに商店街を通り抜けた時のことだ。小さな声を共に、サクラの歩みが不意に緩まった。先を行くカカシとサスケにサクラの声は届かなかったらしく、ナルトは一人、くるりと背後を向く。
「どったの、サクラちゃん」
「ごめん、なんでもないの」
 サクラはそう告げると、少し開いてしまった距離を小走りで埋める。サクラが立ち止まっていた場所を確認すると、見ていたのはどうやら写真屋のようだった。忍者登録書の写真を撮りなおした記憶が蘇り、ナルトは少しだけ不機嫌になる。あれは最高傑作だったのに。
「あんたさ、あの写真どうしてる?」
「どの写真?」
「七班の集合写真」
「あー、あれね!」
「部屋に飾ったりしてんの?」
「そりゃ飾るってばよ!だって、サクラちゃん写ってるし!」
「私もサスケくんが写ってる唯一の写真だから大事にしたいんだけどね……」
 はあ、と悩ましげにサクラは息を吐く。
「オレってば、あの写真すっげえ大事にしてんだけどさ、すーぐ落ちちゃうんだよなー」
 頭の後ろに両手を組み、ナルトはつまらなそうに呟いた。
「落ちるって、何よ」
「壁から落ちるんだってばよ」
「何で壁?」
「だーから、セロテープが剥がれて……」
「ちょい待ち。ねえ、あんた写真立ては?」
「ん?何それ」
「写真立て。知らない?使ってないの?」
「写真の裏にセロテープ貼って、壁にくっつけときゃいいってばよ。みんなそうじゃないの?」
「違うわよ。そんなのしないわよ。写真立ての中にちゃーんと収めて飾っておくの!」
 写真立ての存在を知らないナルトに、サクラはその機能と役割をかいつまんで説明してやった。
「……とまあ、そんな具合に便利なものなんだけど、あまり可愛いデザインのものがないのよね。それが目下の悩み。今使ってるのは、シンプルすぎてそっけないの」
「デザイン」
「そーよ、大事なの!せっかくサスケくんが写ってるんだから、これぞ!って素敵な写真立てが欲しいのよ!」
 力説するサクラの横で、ナルトはふーんと気のない返事だ。
「あんたも買えば?写真立て」
「確かに便利そうだけど……でもなー、わざわざ買うのもなー」
「セロテープじゃ、心もとないじゃない」
「そうなんだけど、別に困ってないし。やっぱり、オレはいいってばよ」
 そこで話は途切れ、明日の集合にカカシは何時に来るかという話題に移った。
 相変わらずナルトの部屋の壁にはセロテープで写真がくっつけられ、ずり落ちた写真を貼りなおす日々が続いた。





 波の国での試練を経て、中忍試験が終了したある日のこと。
 一楽で腹ごなしを済ませ、修行に繰り出そうとしたナルトの背中を呼び止める声があった。
「おー、サクラちゃん!もう身体大丈夫?どこも痛くない?」
 砂の我愛羅に襲われた時の傷を気にして、ナルトはあれこれ聞いてくる。サクラはといえば、うん、と言葉少なに返すだけだ。
「ほんとに痛いとこないの?なーんか元気ないってばよ」
 俯きがちなサクラの顔を覗き込もうとすると、胸元に包みを押し付けられた。
「これ、あげる」
「へ?何?」
「あげるって言ったの」
「お、おれに?」
 サクラちゃんから、初めてのプレゼント!
 身体中の血液がぶわっと沸騰し、頭がぼーっとなる。いいの?いいの?としつこく聞くと、さっさと開けなさいとつっけんどんにサクラは言う。こういうものは自分の部屋でこっそり大事に開けたいのだが、せっつくサクラには逆らえず、そーっと包みを開く。小さな箱を開けると、そこには。
「ん?ナニコレ」
「写真立てよ。前、言ってたでしょ?あんたの家にないって」
「覚えててくれたの!?」
 すげーすげー、オレって愛されてる!
 世界中に叫びたい気分だ。今、自分の足は、地面から2センチくらい浮いている。
「違うのよ?たいした意味はなくて……その、お礼になればって……」
「お礼って何の」
「助けてくれたんでしょ?あんたが、その、」
 鈍いナルトもそれが木ノ葉崩しの件だと気づき、顔の前でぶんぶんと手を振る。
「あれはさ、オレだけの力じゃないってばよ!サスケだって、そりゃもうスゲー形相でサクラちゃん庇ってさ!オヤビンだって力貸してくれたし!」
「それでもお礼が言いたいのっ!」
 サクラは怒鳴り声でナルトの言葉を遮った。なんで怒られるのか皆目わからないが、ナルトはその迫力に気圧されて、こくこくと何度も頷く。
「で、これの使い方、今から説明するからちゃんと覚えるのよ!いい?」
 やっぱり怒鳴り声のサクラから使い方を教わると、ナルトは包みを大事に抱えてアパートに戻った。修行なんか後回し。写真立てを部屋に飾ることしか頭にない。
 部屋に戻ると、写真はまた壁からずり落ちていた。床に落ちた写真を拾うと、裏にこびりついているセロテープの屑を丁寧に取り除く。そして、教えてもらった通りに額を外し、薄いガラスと木板の間に写真を挟み込み、フックを戻せば完成。タンスの上に置いてみると、いつもと同じ部屋なのに、とても上等に思えてくるから不思議だ。
「へへっ!」
 ぼすん、とベッドの上に座り、しばらくじいっと写真を眺める。
 これからは写真が剥がれる心配をしなくてもいいし、表面に埃がつくこともない。タンスの上には、いつでもサクラが居る。カカシが居る。ついでにサスケの仏頂面も。
「やっぱり、あったほうがいいってばよ!」
 うんうん、と満足そうに頷いて、ナルトはニカリと笑った。





※七班結成当初、全く噛み合ってない二人の会話を書いてみたかった。だけど、原作設定のナルトの部屋って、写真立てはないみたい。二部だとまた部屋の内装が変わってるけど、アニメ準拠でいいのだろうか。




2011/07/26