濡れ縁側に、小さな蛙がちょこんと座っていた。掃き出し窓にぺたりと前肢をつけて、ゲコゲコと喉を鳴らしている。必死の呼びかけにも関わらず、契約主はといえば背中を向けて知らん顔。
「ナルト、お客さん」
「ん?おー、なんだろ」
 忍術書を見ながら印を結ぶ練習をしていたナルトは、その手を一旦止めてのっそりと腰を上げた。窓をからりと開けると、蛙の前にしゃがみこむ。
「なんだよ、どした」
「あんなー、親父がなー、顔見せろってー」
「あー、ハイハイ。じゃあな、明日の昼……はやめよう。朝一番にそっち行くって伝えといて。間違っても逆口寄せしないように!」
「伝えとくー」
 聞き耳を立てているわけではないが、一人と一匹の会話は自然と耳に入ってくる。昼の時間帯を避けたのは、例の虫料理が念頭にあるからだろう。もてなしてくれる心遣いは非常に有難いだけに料理を残すわけにもいかず、毎回苦労をしているらしい。その件については一度腹を割って話し合った方がいいんじゃないかと、サクラはいつも思う。何より、双方にとって不幸だろう。
「うし、ちょっと待ってろ」
 蛙の頭に手の平をぽんと置くと、ナルトは台所に向かう。茶箪笥の一番下をいじっていたかと思えば、この間買いだめしていたお菓子の袋をごっそりと抱えて戻ってきた。
「これ、みんなでわけろ。喧嘩すんじゃねーぞ」
「わーい、おやつー」
 お菓子の山を見るなり、蛙はバンザイをして喜びを露にする。大きな身体は場所を取るからだろう、妙木山からナルトの元へ遣わされる蛙は、ひときわ身体の小さな蛙がほとんどだ。そしてその小蛙たちは、ナルトがくれるおやつ目当てにやってくる。師匠とカツユ様は使役する者、される者の関係がきちんと保たれているが、ナルトと蛙たちはまるで友達のように距離が近い。口寄せ動物といっても、色んな付き合い方があるものだ。
「あとなー、シマ様がなー、ちゃんとご飯食べてるか聞いとけってー」
「めちゃくちゃバランス良く食ってるって伝えとけ!」
「わかったー」
 どろんと煙を残して、蛙とお菓子の山が消えた。
「ちゃんと食ってんだけどなー。ねえ、サクラちゃん」
「前よりはちょっとマシ、って程度じゃない?」
「……それ、あいつらの前で絶対言わないでね……。そういや前から思ってたんだけどさ、サクラちゃんって口寄せの契約しないの?」
「そうねえ、考えないこともないけど」
「つーことは、バアちゃんからあのナメクジ譲り受けんのか」
「あのナメクジって……カツユ様、でしょ。なんで私が譲り受けるのよ」
「だって、師匠から弟子にってパターンが多いんじゃねえの?」
 そういうことなら姉弟子のシズネが先に契約をするだろう。そういえば、シズネは口寄せ契約してるのだろうか。雑談のついでに今度聞いてみよう。
「オレはもちろん、父ちゃんも契約してたみたいだからさ。代々受け継がれてるみたい」
「えっ!四代目も蝦蟇使いだったの?」
 黄色い閃光という華々しい二つ名と、残されている数々の伝説から、四代目にはスマートなイメージがついている。そのイメージと蛙の姿かたちがうまく結びつかなくて、ついついそんな言葉が出てしまった。
「そうらしいよ。父ちゃんの話は色々聞いたことあるけど、蝦蟇を使ってどーのこーのってのは聞いたことないんだよね。蛙嫌いなのかもね、もしかして」
「苦手な動物と口寄せ契約はできないんじゃない?」
「契約する時点で二の足踏むよなー。なにせあんなデケぇし。つーか、契約する巻物も特大サイズでさ……」
 そこで、ナルトの顔がぱっと輝いた。
「どしたの?」
「こないだ契約の巻物広げてみたらさ、オレの名前の隣に父ちゃんの名前と指の跡があったんだ。意識して見たのってあれが初めてだったからさー、なんかウワーってなった。オレと父ちゃんの名前が並んでるのって、あの巻物だけなんだぜ!嬉しいよなーそういうのって」
 無意識なのだろう、ナルトは己の腹をさする。
 ナルトの両親について尋ねたことは、一度もない。知りたいとは思うのだが、彼らの生き様があまりにも壮絶すぎて、何を言えばいいのかわからないのだ。聞けばきっと喜んで答えてくれるだろう。しかし、必要以上に重苦しい顔をすればナルトの負担になるし、明るい顔で聞くのも躊躇われる。自分は、その手の匙加減が他人と比べてうまくないのだ。
「でね、その文字がさー、オレより下手なの。このオレよりだよ?ぱっと見、なんて書いてあんのかわかんなかったし」
 身振り手振りを加えてにこにこと笑って話すナルトを見ていると、サクラはやっぱり彼らについて知りたいと思う。ナルトの口から両親の話を聞くのが好きだ。嬉しそうに話すナルトを見るのが好きだ。そして何より、立派な忍としてナルトを守り抜いた彼らについて、もっと知りたかった。
 ナルトを守ってくれてありがとうございます。
 そんなおこがましい台詞を、いつか言えるようになりたいと思う。
「あんたの言う通り、受け継がれていくものなのかもね」
 師から弟子へ、親から子へ。絆の連鎖だ。
「やっぱそう思う?」
「ということは、あんたも自分の子供にちゃーんと伝えないと」
 渇を入れたつもりなのだが、ナルトはといえば、ぽかんと口を開けたまま呆けてしまった。何か変なことを言っただろうか。
「サクラちゃん……今まで気づかなくてごめんなー。そうか、そうか」
 ナルトは深く頷くと、サクラの両肩をがっしりと掴む。
「子供ね!よしきた、励みましょう!今以上に励みましょうとも!」
 励むって何だ。子供作ろうってか。待て待て、アホか。
「違う違う!そんな深い意味じゃなくて!」
「いやね、オレだって考えなくもなかったんだけど、カカシ先生が片付くまではどうかなーと思ってねー。オレに先越されたら、先生泣いちゃうかもしれないじゃーん」
 いくら否定しようが、聞く耳もたず。すっかりその気にさせてしまった。どうしよう。





※ナルトも両親の話を気軽にできるようになると嬉しいな。あの子、そういうのしなさそうなんだもの。それにしても四代目って蝦蟇と契約してるのに、使役してる気配がないよね。なんでだろう。




2011/07/10