「……ふむ、ご苦労だった。次の召集まで、待機するように」
「では、失礼します」
 火影への報告を終えて、執務室を後にする。重い木製の扉が閉じる音は、まだ耳に馴染まない。「扉をくぐって退出する」という行為自体が、ヤマトにとって新鮮なのだ。暗部に籍を置いていた頃はそのまま姿を消すのが常であり、扉から辞したことは一度もない。立場上仕方がないこととはいえ、里長に対してずいぶんと失礼な態度だと、今更ながら思う。
「さてと、まだ夕飯には早いかな……」
 ぼんやりと独り言なんぞを口にしながら廊下を歩いていると、右手の通路にアオバとシズネの姿を見つけた。何か込み入った話をしているようなので、挨拶は不要だろう。顔を前に戻してそのまま歩を進めるが、目にした二人の残像が、チリリと違和感を訴えてくる。ヤマトは二歩ほど後ずさり、廊下の角から顔をひょこりと覗かせた。違和感の正体は、シズネの出で立ちだった。
「じゃあ、後はこちらが引き継ぐってことで。お疲れ様」
「はい、よろしくお願いします」
 深々とアオバにお辞儀をするシズネの元へ、つかつかと歩み寄る。すると気配を察したシズネが振り向いた。
「あら、ヤマトさん」
 そう笑いかけるシズネの格好は、いつもの見慣れた着物姿ではない。自分と同じように黒装束を身に纏い、その上に木ノ葉ベストを着用している。足元も、踵の少し高い履き物ではなく、ゴム底の標準サンダル。シズネの戦装束を見るのは、初めてだった。
「えっと、ヤマトさん?」
 シズネの居心地悪そうな声を耳にしながらも、ヤマトの視線は戦装束に釘付けのまま。
「あのう、そんなに似合いませんかね?」
 シズネは首をかしげて、小さく笑う。それは本当に困ったときにだけ見せる顔だった。
「任務ならば動きやすい服が一番です。第一、着物姿では裾が気になるでしょうし、いつもの少し高い踵では、足元が心もとないですからね。このベストも女性に人気がないようですが、デザイン性はともかく、急所の保護ができるという点で非常に有効です。巻物を常備しない人にとっては胸元のポーチも邪魔みたいですね。まあ、ボクも実際、持て余してるんですけど」
 平坦な調子でつらつらと口上を述べた後、肝心の結論を口にする。
「何が言いたいかといえば、ボクは、いつもの着物姿の方が好きです」
「ええと……ありがとうございます」
 シズネは、なんだかよくわからない、という顔をする。ヤマト自身も、今の自分はとても変だとわかっていた。
「じゃあ、ボクはこれで」
 ペコリと頭を下げてその場を辞した後、今しがた自分の中で起こった変化を整理してみる。
 戦装束に身を包んだシズネを目にした時、なぜだろう、妙な具合に心が揺れた。その様に魅入られたのか?いや、いつもの姿の方が魅力的だと感じたのだから、その線は外そう。だったら、あの姿に何故これほど動揺をしているのか。
 あれこれ考えを巡らせていると、先ほど火影と謁見をした時のことを思い出した。ノックをして扉を開けた時、まっさきに思ったのは「シズネの姿がない」ということだった。そしてそれが「珍しい」とも。
「……ああ、そうか」
 いつも火影の傍らに立ち、何くれとなく世話を焼いている補佐官は、いつでも里の中に居る。無意識のうちにそんなことを思っていたのだろう。一流の医療忍者でもある補佐官は、外に出れば立派な戦忍で、木ノ葉が誇る重要な戦力。あの戦装束を見て、ようやくそれが実感できたというわけか。
「あの、」
 ヤマトは振り返ると、遠くなった背中に向けて声を掛ける。気づけば両足は駆けていた。
「今日の夜、一緒に飯でもどうですか?」
「えーと、今夜、ですか?申し訳ないんですけど、どう考えても八時を過ぎてしまうので……」
「待ちます。終わるまで」
「え、でも、待つって……」
「待ちますよ。どうですか?」
「……じゃあ、八時半にアカデミーの前。それで、いいですか?」
「はい、勿論です」
 いつかゆっくりメシでも、と思うようになり、ずいぶんと経つ。とはいえ暇なんてあるのだろうかと不思議に思うぐらい多忙な人で、メシを誘うのにどうにも気後れしていた。見かけることは多いんだし、時間が合えば、などと暢気なことを思っていたが、そうも言ってられない。いつも里に居ると思ったら大間違いだ。
「待ってますから」
 去り際にもう一度言うと、シズネは笑って頭をペコリと下げた。




2011/06/21