ナルトとツーマンセルで動く場合は、とりわけ厳しい任務が多い。里の若き実力者と火影の弟子を揃って送り出すのだから、当然といえば当然かもしれない。その日も久しぶりの緊急招集に馳せ参じれば、厳しい面差しの火影よりこんな任務を言い渡された。
 潜入に失敗して連絡の取れなくなったニつの小隊を回収し、安全圏まで退避した後、負傷者を医療班へ引き渡すこと。途中、敵の追撃は十分に予想されるが、追加予定人員はなし。
 任務内容を聞かされた二人の顔が、途端に引き締まる。時間との勝負であることは明白であり、二人は早急に装備を整えて里を出た。




「この辺りでいいかな」
 連絡の途絶えた付近で、ナルトは膝を折る。仙人モードでチャクラを感知し、八人の居場所を特定するためだ。胡坐をかいて集中しているナルトの横に立ち、サクラは周囲を警戒する。遠方に集中すると、どうしても身近な気配に疎くなるらしい。
「……見つけた。やっぱり、全員動けなくなってる。オレが影分身作って見張ってるから、その間に治療してもらっていい?」
「ん、任せて」
「そんじゃ移動すっから、ついてきてよ!サクラちゃん!」
 小隊を補足をした後は、道中で決めた段取りに従ってスムーズに事を進めた。サクラが隊員をその場で応急治療した後、ナルトの作った影分身がそれぞれを担いで安全圏に移動する。しかし、こちらが動けば敵に気配を悟られるのは道理。予想通りに追っ手が姿を見せるが、それもナルトの本体と治療を終えたサクラが二人で対処をした。七班時代からの積み重ねで、今や阿吽の呼吸。追加人員を避けない里の台所事情を埋めるべく、二人は大いに奮闘した。




「サクラちゃん、お疲れっ!」
 隊員の引渡しを終えたのだろう、ナルトが木の上から降ってきた。サクラはその木の根元に寄りかかって身体を休めている。重傷者を含む複数人を同時に治療となると、さすがにチャクラの消耗が激しい。
「あんたもお疲れ様。で、どうだった?」
 命に別状はないが、体力の衰弱が見られたために医療班へ引き渡したのが三人。深手の傷を負っているのが四人。残りの一人は、忍稼業の引退を迫られるかもしれないほど危険な状態だった。いずれも処置には自信があったが、それでも経過を聞かなければ安心はできない。一番の重傷者はベテランの小隊長で、このまま廃業というのは、あまりに惜しい。
「全員問題なし。意識のなかった隊長さんも、リハビリ次第で復帰できるってさ。医療班の人、すんげえ感心してたよ。さすがサクラさんです、だってさ!」
「……いつも思うんだけどさ、なんであんたがそんな嬉しそうにするのよ」
「サクラちゃんへの評価だもん、そりゃ嬉しいよ。つーか、やっぱスゲーな、サクラちゃんは」
「なあによ、いきなり」
 ナルトはあれだけ動き回った後もピンピンしているが、こっちはへばって地面に座り込む始末。今だって、医療班への引渡し作業をナルトに丸投げして、自分は体力回復に専念している。こんな有様で凄いも何もないだろう。
「だってさ、オレは見つけて運んだだけだし。そのまま動かしたら命に関わる怪我ばっかだったろ?オレ一人じゃ、なーんもできない」
 何もできないなんて、謙遜にも程がある。ナルトの凄いところは、自分の持つ力に奢らないことだ。お調子者な性格は相変わらずで小さな失敗はあるけれど、ナルトならばきっと、過ぎた力に呑まれることもないだろう。
「この任務は、あんたと私でやったのよ」
 ナルトの目をじっと見つめて、サクラは説き伏せる。
「あんたが居なくても私が居なくても、成功しなかった。全員助かったのは、あんたが見つけて運んでくれたおかげなの。わかる?」
 それでもナルトは、サクラちゃんが凄いんだ、とブツブツ言っている。これ以上話しても、平行線だ。
「でも、あんたのそういうとこ、好きよ。一緒に組んでいる相手に敬意を払ってるってことだもの」
「えへへー。そう?照れちゃうってばよ」
 ナルトのことが好きなのだとはっきり自覚したのは、雪深いあの国での告白からずいぶん経ってのことだった。
 思い込みとは恐ろしいもので、ナルトを言葉の呪縛から解くための方法はそれしかないと深く信じ込み、サクラはあの告白劇を演じた。しかしナルトはサクラの言葉に頷くどころか怒りさえ露にし、サクラを突き放した。きっと深く傷ついただろう。失望だってしたはずだ。それでも恨むどころか、自殺的な行動からサクラを救ってくれたのは、結局ナルトだった。ナルトが差し伸べてくれる優しい手に、サクラは強く惹きつけられた。
 好きだ、なんて口が裂けても言えない。ずっとそう思っていたのに、今では「こいつが好きだな」と思ったら、注ぎ続けたグラスから水が溢れるみたいに言葉が零れる。サクラの心境に変化を促したのは、時間の流れだった。ナルトは優しさや愛情を浴びるほどくれるけれど、「好きだ」という言葉は一切口にしない。ナルトはきっと、女としての自分を必要としていないのだろう。サクラがそう確信できるほど、十分な月日が経っていた。
 サクラは「好きだ」と本心を口にする。そしてそれを聞いたナルトは、照れて笑う。
 二人の間には、その事実だけが残った。
「あのさ、それ、どーしても食わなきゃダメ?」
 兵糧丸を口の中に放り込もうとしたところを、ナルトが制止する。
「里まで帰る体力が、正直心もとないのよ。何があるかわからないし、一応ね」
「うーんとさ、」
 ナルトは草を踏みながら、サクラに近づく。そして真向かいに立ち止まると、すとんとそのまま腰を落とした。
「そんなんじゃ味気ないし、里帰ったら一緒にうまいもん食おうよ。オレ、奢るしさ」
 サクラの返事を待つことなく、ナルトは尚も必死に捲くし立てる。
「オレはまだまだ体力あっから、相手が大人数でも影分身で対処できるし。けっこー感知能力もついてきたしさ、そこら辺は頼ってもらって大丈夫だから。なんなら尾獣チャクラモード使っちゃってもいいよ」
「……影分身使えないじゃない」
「あー!そっか!うーん、でもさあ、それ美味しくないし……」
「じゃあ、おんぶ」
「へっ?お、おんぶ!?」
「里の手前まで。ダメ?」
 ナルトはがしがしと頭をかいた後、しゃがんだ姿勢のままくるりと後ろを向く。どうぞ乗ってください、という合図らしい。サクラはその背に身を預けた。
「……しっかりつかまっててよ」
 返事代わりにぎゅうっとしがみつくと、首元まで真っ赤になるのがわかった。
 抱きつかれるのに慣れていないのかな。そういうところが、とても可愛い。
「ほんと、好きだな」
 気づけばまた言葉は漏れていたが、風に溶けて消えてしまった。






※「この人は絶対に自分のことを好きにならないだろう」とお互いに思っているナルサクが大ブーム中。やばし、やばし。




2011/06/07