椅子



椅子




 馴染みの蕎麦屋で昼飯を済ませた後、今日の午後をどう過ごそうかと考えながら、ヤマトは街を歩いていた。このまま通りを進めば、古書屋がある。建築書が入荷しているのか気になるが、久しぶりに家具屋に顔を出してみることに決めた。木ノ葉の復興事業に携わって以来、大工や家具屋の知り合いがずいぶんと増えた。元から建築に興味があることもあり、復興から数年たった今でも、親交がある。
 角を曲がって、通りを右に進むこと数メートル。掲げた看板が見えてくる。
「……ん?」
 目当ての店の前、よく見知った金髪頭が、腕を組んだ格好で突っ立っていた。家具屋にナルト。妙な組み合わせだ。共通点は見当たらない。
「こんなとこで、何してるんだい?」
 中にいるであろう店主への挨拶は、後回し。まずはナルトに声を掛けた。
「おー、ヤマト隊長!」
 ヘッドギアをつけていない風貌が、よっぽど珍しいのだろう。ナルトの視線は、ヤマトの頭部に釘付けだ。
「ずいぶんと真剣な様子じゃないか」
 ナルトの前に並んでいたのは、ちゃぶ台、本棚、椅子に文机。特価品と朱色の文字で書かれた半紙が掲げてある。定価の品物には手が出ないらしい。家具というのは、なかなか値が張るのだ。
「いやね、椅子が欲しいんだけどさー。ウチにあるのと同じようなのってなかなか見つからなくって。ここにあるのだって、色は近いのに形が全然違うし……。対になってないと、なーんかバランス悪くねえ?」
 がしがしと頭をかいて、家具屋の品揃えを睨みつける。そんなに睨んでも、品物は変わらないよ。
「ナルト、こっちに来なさい」
「あ?なんで?」
「いいから、来なさい」
 ヤマトは店から距離を取ると、ナルトを手招きする。これからする話を、店主に聞かれても困る。営業妨害と受け止められる可能性があるからだ。
「ナルトの家に、椅子は何脚ある?」
「ひとつ。テーブルと椅子が、一組だってばよ」
 その答えに、ヤマトは指先で顎を撫でた。
 カカシほど長くナルトに接してはいないが、今ではある程度の思考を読めるようになった。ナルトは、余計なものを欲しがらない。今までは一脚で満足していたのに、対になる一脚が欲しいのだという。これは、部屋にもう一人増えたかな?
「よし。それじゃあ、ボクが一肌ぬいであげよう」
「何、どゆこと?」
「これで、作ってやろうってことさ」
 両手を組み合わせて、木遁の印を結んでみせる。ちなみにチャクラは練っていないので、術は発動しない。
「家一軒建てるのに比べたらチャクラも使わないしね、ちょっとしたお祝いだよ」
「作ってくれるんなら嬉しいけど……オレの誕生日、十月だよ?」
「いや、誕生日祝いじゃなくてね?……まあ、いいか」
 とにかく、実物を見てみよう。そういう話になり、二人はナルトの自宅へ向かった。




「どうぞー」
「お邪魔するよ」
 そういえば、ナルトの部屋を訪れるのは初めてだ。男の独り住まいと覚悟をしていたのだが、とんだ肩透かしを食らった。驚いたことに、中は意外と片付けられている。
「もっと汚いと思ってたんだろー。わかりやすい反応するよなー!」
「いやいや、そんなことはないよ。あれが椅子だね?ふむ、なるほど」
 追求をかわして、さっさと部屋に入り込むと、複製する予定の椅子をひとしきり眺める。大事なのは、観察力だ。色、手触り、木目。手にした情報を元に、術のイメージを膨らませる。チャクラを練り上げ、手を合わせれば、にょきにょきと枝が伸び、瞬く間に形となる。
「これでどうだい?」
「おー!完っ璧!まんま同じじゃん!」
 ナルトは出来上がった椅子のあちこちを眺め回し、しきりに感嘆する。そこまで喜んでもらえれば本望だ。
「気に入ったかな?」
「うん、すごく」
 間髪入れずに、こくこくと頷く。
「ははは、そりゃ良かった。それじゃあ、ボクはこれで……」
「えー、待ってよ隊長。今、茶ぁ淹れるからさ。飲んでってよ」
 ちょうど喉が渇いていたし、何よりも、ナルトが人をもてなす心を持っていることに感動した。
「お言葉に甘えてもいいかな?」
「もっちろん!茶菓子もあるんだぜ!」
 ナルトはニカリと笑うと、台所にある小さな茶箪笥の中を物色しはじめた。
「バアちゃんから美味い煎餅貰ったんだ。こんな堅いモン食って歯ぁ大丈夫かよって心配したら、拳骨食らった。これがイテーのなんの。まだコブ残ってんだよ」
「火影様にそこまで物を言える人物ってのは、里中探しても他に居ないだろうね……」
「そーんな褒められると照れくさいってばよ!」
 決して褒めてはいないのだが。乾いた笑いを浮かべていると、煎餅の入った籠と急須がテーブルの上に置かれた。そのまま台所へ取って返し、今度は湯呑みとマグカップを両手に持って戻ってくる。
「突っ立ってないでさ、そこ座ってくれってばよ」
 ナルトは作ったばかりの椅子を指差すと、自分は座りなれた椅子に腰を落ち着ける。なんだか気が引けるな。そう思いながら、ヤマトは椅子に座る。
「ボクが最初に座っちゃって、良かったのかい?」
「んー?」
 急須から湯呑みに、続いてマグカップに茶が注がれる。ヤマトの前に置かれたのは、湯呑みの方。
「この椅子に座って欲しい人が居るんじゃないのか、ってね」
 そう口にしたのは、悪戯心だった。顔を赤くするか、照れ笑いでごまかすか。そんなヤマトの予想は裏切られ、ナルトは仄かに笑うだけだ。落ち着いたその表情は、いつもより大人びて見えた。いつの間にか、こんな顔をするようになったんだな、この子も。感慨を抱かずにはいられない。
「オレさぁ、最近よく思うことがあるんだ」
「へぇ?」
「父ちゃんと母ちゃんの顔を知る前は、そんなこと全然思わなかったんだよなぁ……」
「自然に湧き上がった感情には、逆らわないことだよ」
「それ、どゆこと?」
「君が今、何に戸惑っているのかはわからない。でも、椅子は一脚より二脚の方がいいし、湯呑みは揃いの方が落ち着くというのが、年長者の意見だ」
 そう言って、ヤマトは客用の湯呑みを持ち上げてみせる。茶箪笥には、対になる湯呑みが仕舞われているだろう。この部屋には、ナルト以外の存在を確かに感じる。
「ふーん、そんなもんかなあ」
「そんなもんさ」
 ナルトはお茶請けの煎餅を手に取ると、バリバリと齧る。
「隊長、食わないの?美味いよ?」
「じゃあ、一枚もらおうか。お、歯ごたえがいいね。それに、とても香ばしい」
「えっとね、隊長が今食ってんのは醤油煎餅。他の味は、ざらめ、青海苔、黒胡麻。あと唐辛子って変り種もある。オレ、辛いの苦手でさー、なっかなか減らないんだよ」
「唐辛子、もらえるかな」
「ええっ!?食ってくれるんなら有難いけど……ホントに持ってきちゃうよ?」
「辛いのはわりと好きなんだ。よろしく頼むよ」
 大人の味ってヤツさ、と嘯くと、ナルトは膨れ面をして立ち上がり、茶箪笥の下段を開ける。ざらめはナルトの好物だろうから遠慮するとして、次は何をもらおうか。さすがは火影御用達、目移りしてしまう。青海苔に手を出しかけたところで、ナルトが大きな声を出した。
「たいちょー!『黒糖くるみ』見つけた!いるー?」
「もちろん頂こう!」




「すっかり長居をしてしまったな」
「隊長、またウチに来てよ。作って欲しい家具、他にもあるし!」
 ニシシと笑うその顔は、悪ガキそのもの。
「ボクは便利屋じゃないよ!まったく、ボクを土建屋と勘違いしてる連中がまだ居るんだよな!」
 ナルトの頭を両手でぐしゃぐしゃにすると、「わるかったってばよー」と楽しそうに笑う。
「あの椅子に座って欲しい人、いるんだろ?その人と上手くいったら、また考えてやるよ」
「……え、マジ!?」
「マジだ。手土産持って遊びにきてやる」
「よっしゃ!何作ってもらうか考えとこ!」
「当たって砕けるなよ」
「縁起でもないこと言うなってばよー!」
 食器が増えるだろうから、大きめの茶箪笥でも作ってやるかな。文机なんて使わないだろうしなあ。やっぱりここは、ダブルベッドか?何がいいかとあれこれ考えながら、ナルトの家を後にする。





※何かめでたいことがあると、ナルトの家には家具が増えます。しかも、段々豪華になっていく。そのうち、家一軒ブチ建てそうだな……。




2011/04/20