褥を共にすることで、知らなかった相手の一面が掘り返されるのは、きっとよくある話だろう。それはサクラも覚悟しており、ナルトの家に通っていた頃から、あれこれ想像はしていた。幸いなことに、その想像は予想の範囲内で収まってくれたのだが、サクラの悩みに直結する癖が、ひとつだけあった。
 ナルトは、寝相が悪い。
 一緒の班で任務をこなした時間はそれなりに長いくせに、仮眠はともかく本気で寝ている姿は見たことがなかったのだ。しかも抱き癖があるらしく、布団や枕を力いっぱいぎゅうぎゅうに抱えて寝る。そして、ナルトの布団環境に新しく加わった隣人の存在もまた、その対象となるのだ。
「なにこれ……」
 朝と呼ぶには早すぎる時間帯。サクラはあまりの息苦しさに目を覚ました。寝起きのぼやけた頭で確認すると、身体に巻きついたナルトの手足により、動きを完全に封じられていた。私は抱き枕か、と思わず呟いたほどである。
 冬の朝、部屋の中は恐ろしく冷えきっており、布団のぬくもりへの未練はたっぷりだ。ベッドの隅に追いやられたナルトの枕を引っつかみ、代わりにその枕を抱かせようとするのだが、うまくいかない。ただ静かに眠りたいだけなのに、何故こうなる。まだ眠いことも相まって、無性に腹が立つ。ナルトの身体を力任せに引っぺがそうとした、その時。
「行くな……」
 つぅっと涙がナルトの頬を伝い、シーツに落ちた。
 掴んだナルトの手を離すと、サクラは元居た位置に自分の身体を埋める。再びぎゅうっとしがみつかれるが、今度はされるがままに任せた。息苦しいのは、きつく抱かれているせいか。それだけではないだろう。その証拠に、衝撃の届かない胸の奥が、きゅうっと締め付けられている。
 ナルトが見る悪夢の種類は、展開に多少バリエーションはあるものの、三つに分けられる。
 ひとつ。大事に育てた植木が全滅。
 ふたつ。一楽、突然の閉店。
 そして最多の回数を誇るのが、サスケの里抜けだ。
 ナルトの治癒力をもってしてもその傷は塞がることがないらしく、夢に魘されては、かさぶたを引っかいてしまう。そうして、血の代わりに涙を流すのだ。サクラはそのたび、嫉妬に似た黒い感情に悩まされる。サスケとナルトを繋ぐのは、同性だからこそ結ぶことができる、強い絆だ。自分とナルトを繋ぐものとはあまりに質が違う。どれだけ離れていても互いの存在を感じ合えるし、言葉も温度もいらない強固なものだ。比べて自分たちはどうだろう。言葉がなければ意志を通じ合えないし、寄り添うにはそれ相応の努力が必要で、時には脆ささえ感じる。はたして自分は、ナルトの心にサスケほど深く鋭く突き刺さっているだろうか。
 目を開けていると、考えても仕方のないことをぐるぐると考えてしまう。もう、眠ってしまおう。
「大丈夫よ、大丈夫」
 なおもしがみついてくるナルトの手に、自らのそれを重ねて、サクラは目を瞑った。




「サァスケェェェ!!」
 朝の日差しが気持ち良い部屋の中。威勢の良い雄叫びと共に、上半身が布団もろとも跳ね上がる。
「おはようございまーす」
 化粧台の前で朝の支度を整えていたサクラは、ナルトの様子に驚くこともなく朝の挨拶を口にする。何度こんな朝を迎えたことか。今となっては反応もぞんざいになるというもの。背後のナルトはきっと、目を瞬かせて現状を確認しているだろう。安心なさい。ぜーんぶ夢ですよ。
「あんたの中に住んでるサスケ君は、ほんっとに逃げ足速いわよねえ。今日はどこまで追いかけたの?」
 サクラの問いかけに、答えは返ってこない。おそらくだいぶ遠くまで行ったのだろう。お疲れ様です。
「んだよ!サクラちゃん居るじゃーん!あーもう、夢かよー!」
 いつもと違う反応に、ん?と首をかしげる。どうして、私の名前が出てくるのだろう。
「あんにゃろう、『サクラを行かせてやれ』なんてぬかしやがってよ、オレんこと足止めしやがんの。ほんっとむかつく!あーもう!」
 サスケの声色を似せているつもりなのだが、全然似ていない。だが、その部分はさらりと無視し、サクラは首を回して背後を見る。あちこち寝癖で跳ねている金色頭が、天井に向かって吼えていた。
「なんで私?サスケ君じゃなくて?」
「今、サスケの名前は聞きたくねえってばよ。あいつ、今度会ったらボッコボコにしちゃる!」
「人の話を聞きなさいよ」
 椅子から降りると、ベッドに歩み寄り、ヘッドボードにおいてある箱からティッシュを二枚抜き取ながらナルトの頭を軽く叩いた。その衝撃で寝ぼけた頭が起きたのだろう、ようやく視線が合う。
「あーもう、邪魔。ひっつかない」
 腰に抱きつこうとするナルトを避けて、化粧台の前に戻る。朝の貴重な時間に、余計な行動を起こす余裕はない。
「今日見たのってさ、私が里を離れてどこかに行くって夢だったの?」
「うん、そう。場所はどこだって言ったかなあ……。忘れちったけど、とにかく里にはもう戻らないんだって」
 しょんぼりした顔でそう言うと、ナルトは夢の中のサクラがどんなに頑固だったか、そしてサクラの理解者を気取ったサスケがどんなに邪魔で腹立たしかったかを、訥々と語って聞かせた。
「サスケの野郎、全っ然退かなくてさー。仲間相手に写輪眼全開よ?タチ悪すぎだっつの。オレも久々にブチ切れそうになるし、終末の谷にあるでっけえ石像ブッ壊しちゃったよ。あれっていくらぐらいすんのかな……。ああ、超疲れた。もっかい寝る」
 言うだけ言ってすっきりしたのだろう。非番のナルトは、布団を被ってさっさと二度寝だ。すぐに肩が上下し、寝息が聞こえてくる。
 サクラの枕を懐に抱き込む様を眺めながら、何か不安をあおるようなことしたかしら?と自問する。しかし、それも長く続かない。魘されたナルトには申し訳ないが、少し、いやだいぶ嬉しかった。
「あんたは、どこまで追いかけてくれるのかしらねえ」
 朝支度を済ませたサクラは、物音を立てずにそっと部屋を出て行った。





2011/02/09