「……なるほど、了解した。あとはこちらが引き継ぐ。ご苦労だった」
「よろしく頼んます」
 上忍からの労いにぺこりと頭を下げて、シカマルはテントを辞する。
 五代目火影が目を覚ますことなく、もう三日が経った。溜まる一方の決裁処理を上忍会議でなんとかやっつけ、木ノ葉はようやく機能をしている。この混乱に里長の不在が重なると、いくら強固な組織でも堪えるらしく、ほとんど虫の息だ。
 本人の意志はどこへやら、知らぬ間に里の中枢へと導かれていたシカマルは、里のあちこちを走り回っていた。それも先の届け物でひと段落つき、夜までは待望の仮眠だ。凝り固まってしまった肩をぐるぐる回しながら、仮眠用のテントに向かう。大人数の雑魚寝を覚悟していたが、テントの中を探ると人の気配はひとつだけ。これならゆっくり休めそうだと思いながらテントの入口をめくると、頬杖をついて胡坐をかいているナルトが居た。ぼんやりしているかと思えば、急に顔をしかめたり、だらしなく頬を緩めたり。
 このクソ忙しい時に、めんどくせえ面してんじゃねえ。
「邪魔するぜー」
 奥にまとめて畳んである毛布をひとつ手に取り、ナルトから離れた場所でごろりと背を向ける。目を瞑ればすぐ睡魔にのまれるはずだった。が、待てど暮らせど眠気はやってこない。眠るどころか気が散って仕方ないのだ。それもこれも、背中にちりちりと刺さる視線のせいだ。じぃっと見てる。間違いなく見てる。
 ええい、クソ!
「なんだ、どうした」
 腕を枕にして、寝返りを打つ。
「聞いてくれる?ねえ、聞いてくれる!?」
 向かい合わせになったナルトの顔がぱっと輝き、待ってましたとばかりに畳み掛ける。
「聞くだけだぞ。オレぁ眠いんだ」
「あのさ、あん時さ、」
「あん時って、いつだよ」
 こいつが主語をすっ飛ばすのはもう慣れた。順序立てて話すのが苦手らしく、何を言っているのかわからないこともたびたびある。キバと喧嘩になる理由のひとつだ。
「オレがペインと話つけて、里に帰ってきた時」
「ああ、はいはい」
「あん時さ、サクラちゃんってば、ホントにオレのこと……だ、だ、」
「……抱きしめたのかってか?」
「いや!恥ずかしい!直接言葉にしないで!」
 真っ赤に茹で上がった顔を両手で覆い、ぶんぶんと首を振る。
 正直言って気持ち悪い。もういやだ。ここから逃げたい。
「ねえ、マジで?ホントに?みんなして、オレんこと騙してない??」
「んなことして、何の得があるってんだよ」
「だってさぁ、そん時の感触、オレ全然覚えてない」
「はぁ?」
「何がなんだかわからんうちに離れてった。ねぇ、誰か写真とか撮ってないわけ?」
「あの一大事だぞ。カメラ持ってるヤツなんかいるかよ」
「じゃあさ、血継限界とかでさ、一度見た景色をビデオみたいに見せてくれるヤツ、知らない?」
「そんな能力持ってるヤツがいたら、オレが会ってみてえよ……」
 そこまで言うと、ナルトは顔を俯けてしまった。しょげているのか、はたまた何か考えているのか。どっちにしろ、話はこれで終わりだろう。ようやく眠気もやってきてくれたようだ。ふわあ、と大きなあくびをして、目を閉じる。しかし。
「シカマルさ、確か変化の術、得意だったよな」
「お前、まさか……」
 ぞくっと寒気を覚えて目を開ける。胡坐をかいていたはずのナルトが、じりじりとこちらににじり寄ってくるではないか。思わず飛び起きて、後ずさりをする。
「冗談やめろ!なんでてめえに抱きつかれなきゃなんねぇんだよ!」
「ちょっとぐらいいいじゃん!オレってば、超頑張ったじゃん!ご褒美くれたっていいじゃん!」
「ふざけんな!ぜってー御免だ!女どもに頼め!」
「まだ死にたくないってばよ!お前ぐらいにしか頼めないんだってばよぅ!」
 この里のくの一といえば、気の強い奴が揃っている。誰かの身代わりに、なんて恐ろしいことは口が裂けても言ってはいけない。頭の回らないナルトにもそれはわかったらしい。
「邪魔するぞ」
 やや西に傾いた陽の明かりが、テントの布地をさっと走る。
 フードを深くかぶった同期の蟲使いが、幕を持ち上げたまま、固まっていた。
 テントの中には、真剣な顔でにじり寄るナルトと、嫌そうに身体を仰け反らせているシカマルの二人きり。
「……邪魔をした」
「ちょ、待てシノ!お前、ぜってー変な勘違いしてるってばよ!」
「あいつは口堅いから大丈夫だろ」
 これでようやく妙な頼みから解放された。耳をかっぽじって、シカマルは再び横になる。このまま寝ることさえできたら、もうどうでもいい。
「そういう問題じゃねってば!オレのプライドの問題なの!わかる!?」
「そんなの知るかよ!オレを眠らせろ!丸二日寝てねんだよ!」
 こいつのそばにいると、何かをしてやりたくなる。
 自他共に認める面倒くさがりが、わざわざ重い腰を上げる理由なんて、それ以外にない。自来也戦死の報を受けて憔悴しきっているナルトに渇を入れたのだって、らしくないことをしたと思っている。だが、それは任務に限る話であって、こんなクソ下らないことには間違っても係わり合いになりたくない。
「寝るなよ!シカマル、オイ、寝るなって!」
 耳元でしきりに喚いてくるナルトに向かって「うるせえ!」と一喝し、シカマルは毛布を頭から被った。




2011/01/11