「そいでさ、オレは言ってやったよ!カカシ班ナメんじゃねーってな!」
「勇ましいわねー」
「ナメられっぱなしは性に合わねえってばよ。ガツンと言ってやらないとね、ガツーンと!……あのさ、さっきからどしたの」
 待機所からの帰り道。先の任務で起きたちょっとした事件をサクラに聞かせていたのだが、先ほどから視線がチラチラと他所を向く。
「ねえ、ちゃんと聞いてる?サクラちゃん」
「ごめん、ごめん。あの子たちがさ、昔の私らみたいだなーと思って」
「え、どこどこ!?」
 きょろきょろと辺りを見回すナルトに、ほら、とサクラは視線で導く。その先には、道端にしゃがみ込んでいる小さな男の子と女の子が居た。解けてしまった靴紐をうまく結べない男の子に、「しょうがないわねー」と言いながら女の子が結んであげている。仲睦まじく歩いている姿を期待していたナルトにとっては、とんだ肩透かしだった。
「……あれってさ、兄弟だよね?」
「うん、そうみたい。お姉ちゃんと弟くん。さっきから可愛いんだー。おつかい帰りなんだろうね。買い物袋ぶら下げてはしゃいでる弟くんに、『うろちょろしないの!』ってお姉ちゃんが言うんだけど、ぜーんぜん聞かないの。で、走り回ってる最中にほどけた靴紐で転んじゃってさ。今は、お姉ちゃんがそれを結んであげてるのよ」
 泣くのを我慢したのだろう、男の子の目が少しだけ赤い。男たるもの、転んだくらいで泣いてはいけない。よく頑張った、えらいぞ。うんうんと満足げに頷くナルトだったが、続くサクラの言葉にその形相が変わる。
「私、あんたのこと弟みたいに思ってたしさ」
「……ええっ?」
 心外だとばかりにナルトは悲鳴に近い声を上げるが、サクラにとってそれは事実だった。同じ班になってからというもの、どれほど口やかましく小言を聞かせたことだろう。それも、ほぼ毎日。服装はちゃんとしろ、好き嫌いはしない、寝癖をなおせ。そこまでうるさく言われたら普通は気持ちが離れるだろうに、ふてくされたことは一度もなかった。それどころか嬉しそうに笑う時すらあり、そのたびサクラは呆れものだ。
「少しばかり傷つきましたよ……」
 服の胸元をぎゅっと握り、ナルトは顔を伏せる。
「あら、あんただってそう思ったことあるでしょ?」
「それはナイナイ。だって、それだとサクラちゃんのこと嫁さんにできねぇじゃん!」
 どうですか、この絶妙かつナイスガイな返し!
 照れろ!はじらえ!身悶えろ!
 何を考えているのかダダ漏れなニヤケ顔を前に、サクラはぽかんと口を開けるばかりだ。
「あらら、もしかして照れちゃった?」
 ナルトは期待を込めた眼差しで覗き込んでくるが、残念ながら照れたわけではなかった。こいつも、火影になること以外に自分の将来を考えていたのか、と感心しただけだ。
「あんたも意外と色々考えてたのねぇ」
「意外って、何それ」
「嫁さんだって。はー、あんたがねー」
「自信なくすなあ」
「自信あったの。ますます驚いた」
「もういいです」
 やがて幼い弟は立ち上がり、姉はその手を取って歩き始めた。
 手なんかいいよぅ、一人で歩けるから!
 そう叫ぶ弟だが、また転ぶでしょ!と姉はその手を離そうとしない。
 そうして二人、仲良く手を繋いで家へと帰る。
「じゃ、私たちも帰りますか」
 小さな二つの影が曲がり角に消えていくのを見届けた後、サクラは傍らでぶらついているナルトの手をぎゅっと掴み、持ち上げてみせた。
「一人で歩けるってばよ、お姉ちゃん……」
「もー、捻くれちゃって。素直じゃないわねえ」
 今度は指を絡ませ、ぶんぶんと手を振ってみるが、ナルトは相も変わらず浮かない顔だ。
「弟かあ、弟ねぇ……」
「昔の話よ。この年にもなって、こんな風に弟と手、繋がないでしょ」
「どうだろうねえ。中には繋ぐ人たちもいるんじゃない?」
 細かいことをいつまでもぐちぐちと。
 面倒くさいので、指を絡ませたまま、ぐいっと力いっぱい手を引っ張る。
「いって!肩抜けるっ……!」
 その口を文句ごと塞いでやると、ナルトはようやく黙る。
 天下の往来で、いったい何をしてるんだか。
 そう思いつつも、先に貰った言葉はやはり嬉しかったので、形で返してやることにした。
「じゃあ、こういうことは?」
「……しないなあ。絶対しないね。そらあ、しないわー」
 途端に気を良くしたナルトは、にやっと笑うと鼻歌でも歌いだしそうな様子で歩き出す。合わせた手のひらを引き寄せ、ぎゅうっと身体をくっつけてくるのだが、これがはっきり言って非常に歩きにくい。
「ちょ、くっつきすぎ。離れて」
「やーだねー」
「しかもウチ、こっちじゃないし」
「今日はオレんちー」
「行くなんて誰も言ってないでしょ」
「サクラちゃん、明日休みだろ?ちゃーんと知ってんだぜ!オレってばもう弟じゃねえからな、朝まで一緒に居んの!」
「いい加減しつこい!」
 小さな影と入れ替わるように、でこぼこの影が二つ、曲がり角に消えていった。





2010/12/24