「さみーなあ」 アカデミーを出てすぐの大通りを歩きながら、イルカは身をすくめた。比較的あたたかな気候が続いていたのだが、いつの間にか吐く息が真っ白になっている。今年の冬は、急に来たな。こうも冷える日は、あたたかいものを腹に入れるのが一番。夜勤前の腹ごしらえは、一楽のラーメンに決まりだ。 ラーメンといえば、ナルトはうまくやっているだろうか。カカシが入院している今、七班は急ごしらえの編成で苦労をしているのだと伝え聞いた。我の強いあいつのことだ、わがままを言って他の班員を困らせてはいないだろうか。三忍の一人、自来也に師事しているとはいえ、イルカにとってみればナルトはいつになっても心配の絶えない教え子だった。 「イールカせんせー!ひっさしぶりー!」 なんというタイミングの良さ。聞こえてきたのは、当のナルトの声だ。 「おう、ナルトにサクラか!久々だなあ!」 ぶんぶんと手を振るナルトの隣で、サクラがこちらに微笑みながら頭を下げる。いつもながらサクラは身奇麗なものだが、ナルトの忍服はところどころ土ぼこりに汚れ、サンダルには泥がこびり付いている。修行帰りか、はたまた任務帰りか。 「いつっ!」 満面の笑みはそこで崩れ、ナルトは頬をおさえて顔をゆがませた。 「ほーら、アンタはもう、そんなに大きく口あけるから!」 「なんだ、怪我でもしたか?」 「ちっとね、口ン中切っちゃってさ」 まだ血の味がするってばよ、と言ってナルトは右の頬をさすった。 「歯や舌は平気なんですよ。少し痛むかもしれないけど、すぐに治ります」 「そうか。じゃあ、一楽はお預けだな。ラーメンなんて食えねえだろ。これから一緒にどうかと思ったんだがなあ」 一楽という言葉を聞くなり、ナルトの目がきらっと光る。 「ね、サクラちゃん!今度から気をつけるからさ、今回だけは治してくれってばよー!」 「はあ!?何言ってんの!」 「お願い!二度目はないから!頼んます!」 パシンと両手を合わせてサクラに頼み込むが、サクラは頑として受け入れない。 「あのね、ラーメン美味しく食べたいなら、普段からそんな怪我しないようにしなさい」 任務で怪我を負ったなら、サクラはすぐにでも治療を行うだろう。そこは五代目の愛弟子、痛みも傷も残さず綺麗さっぱりと。優秀な医療忍者としての活躍はイルカの耳にもよく届いている。そのサクラがあえて放置しているということは、自業自得で負った怪我ということか。 「ちなみにお前、何やって怪我したんだ」 「え?いや、あの、そのう……」 「木から落ちただけですよ。依頼主に褒められたもんだから、調子こいて苔に足を取られて」 言い淀むナルトに代わりに、サクラが容赦ない口調で引き継いだ。 「ちょっ、サクラちゃん!」 「おっまえ……そういうところはホント変わらんなあ……」 想像以上に情けない理由だ。はあ、とため息をついて頭を押さえる。 「任務帰りでちょーっと疲れてただけだってばよ……」 「どーだかね」 「だからさ、腹減ってんだって!一楽のラーメン食いたい!ねーねー!治してサクラちゃん!お願いっ!」 「ダメったらダメ!あんたは少しぐらい痛い目みないと、次から気をつけようとしないでしょ!?ちょっと見せて!」 サクラはそう言うなり距離をぐっと詰めると、ナルトの顎に手を添える。 その無造作かつ無防備な様子に、イルカは「ん?」と目を見開いた。 口の中を覗こうというのだから、近づくのは当たり前か。自分が動揺するのがおかしいのかもしれないが、あまりにサクラの仕草が自然で驚いたのだ。それに、ナルトもナルト。自分の記憶違いでなければ、ナルトは確かサクラを好いていたはずなのだが。惚れた女が急に近づいたというのに赤面することもなく、あんぐりと口を開けている。 「あー、大丈夫。もう塞がりかけてるから。明日になったら痛みは引いてるわよ」 ぺちぺちとナルトの頬を軽く叩き、サクラは言う。 「明日じゃ意味ねえんだってばよ!オレは!今!イルカ先生とラーメン食いたいの!」 「ナルト、諦めろ。お前の負けだ」 ぽん、とナルトの頭に手のひらを乗せて、イルカは言う。 「サクラの言っていることは正論だぞ?怪我をしたら痛いもんだし、多少の不自由が伴うもんだ。そいつを実感するいい機会じゃないか」 九尾を体内に飼っているナルトは、治癒能力が非常に高い。だからこそ無理をしがちだ。一緒に任務についているサクラは、そのことを痛いほど感じているのだろう。こんなことを続けていれば、いつか手痛いしっぺ返しを食らう。サクラの肩を持ちたくなるのは当然だった。 「えー、だってラーメン……」 「だから、ラーメンを美味しく食べるためにも、普段から怪我に気をつけるのよ!何度も言わせない!」 「そーいうことだ」 ナルトはふて腐れた顔を見せたが、二人がかりの説得にしぶしぶ頷いた。 「んな顔すんな。また今度おごってやるよ」 「……ホント?」 「嘘を言ってどうする。そん時は、サクラも一緒にな!」 「わあ、ありがとうございます!」 「っと、そろそろ行かないと、飯食う時間がなくなっちまう。じゃあな。二人とも、がんばれよ!」 「はい!」 「おうよ!」 重なる声に背を向けて、イルカは一楽へと歩き出す。 「オレ、今日の夕飯は何食ったらいいの?」 「兵糧丸でも食べれば?」 「そんなんじゃ腹膨れねえよー」 「じゃあお粥」 「だぁーかーらぁ!!」 背中越しに聞こえる会話は、実に楽しげだ。 あー、嫁さん欲しいなー。 イルカのため息は、冬の空気に溶けて消えた。 2010/12/21
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