ガタン、と何かが外れる物音に、ぱっと目が覚めた。 一体何が起こったのかと外の様子を伺おうとするが、うすら暗いその部屋に窓はなかった。正確に言えば、窓という窓はすべて外から板で打ち付けられている。ああ、そうか、そうだった。 「さっきからすごい音してるけど……。ここ、大丈夫なの?」 季節外れの暴風雨が、里に近づいていた。非番の自分たちはこうして部屋の中でのんびりしていられるが、召集された忍たちは雨風による被害を防ごうと、里中を駆け回っているだろう。 びゅうびゅうと風が派手に暴れ回る音で、いつも寝汚い隣の男もさすがに起きたらしく、ぼうっと天井を眺めていた。 「大丈夫っしょ。最低限やることやったし」 「窓の補強だけでしょ?壁とか屋根とか、むしろそっちが心配よ」 ペイン戦後の復興作業により、ナルトの住まいが立派なアパートになったかといえば、全くそうではなかった。安普請なのは相も変わらずで、屋根の部分は古い廃材を使ったはず。雨漏りこそしないものの、風が強い日は騒音がひどい。 「へーきへーき。心配しすぎだって」 ひときわ重い音が鳴り響き、窓がびりびりと震える。 「……帰ろうかな」 「ええ!?なんでっ!」 もそもそと布団を出るサクラの横で、ナルトは勢いよく身を起こす。 「だって、こんな格好でいる時に屋根が吹っ飛んだら……」 床に足をつけるが、身体がふらりと揺れる。 「ほらぁ、力入らないじゃん」 「あんたのせいでしょ!?」 とっ散らかった服の山からナルトのTシャツを的確に選び取り、顔めがけてぶん投げる。 「うーん、お互いさまじゃねえのかなぁ」 「……そうね、そうよね。私が悪かったわ」 しおらしく謝るのには、理由がある。大きな任務が入り、それに掛かりきりになったせいで、ナルトを長らく放ったらかしにしてしまった。何も言ってこないのを良いことに、ずるずると甘えた結果だ。ようやく取れた休みの日にナルトの家を訪れると、こちらの姿を認めるなり、ふにゃりと情けなく顔を崩した。連絡も取らず放っておいたのに、怒鳴りも叱りもせず、泣きそうに笑うのだ。罪悪感やら溜まった疲れやら愛しさやら、さまざまな感情が脈絡もなく溢れ出し、この先当分はナルトをとことん構い倒してやろうと心に決めた。以来この一週間、実家に帰ることもなく住み着いてる。 「風は強いけど、歩けないほどじゃない、かな」 見えもしないのに窓のある位置に顔を向けてしまうのは何故だろう。 「いやー、やめといた方が……」 「よし、決めた。帰ろう」 だらだらと居続けてしまったが、いつまでもこんな状態を続けるのは、さすがにだらしない。一度仕切りなおして、健全な生活に戻ろう。ここには毎日通えばいい。 「まあ、そう言わずにさ、」 言うが早いか腰に手を回し、サクラをベッドに引き上げる。 「今度は優しくしますから」 両の手のひらと指の腹で、ゆっくり触れてくる。まずい、好きな触り方だ。力ずくで押し倒されたら逃げてやろうと思ったのに、こんな風に扱われると抗えもしない。 外が暴風雨なら、部屋の中もまた、嵐。 「ねえ、帰らないから、せめて服ぐらい着させて……」 「服着たら逃げるでしょ。もうさ、ずっとここに居りゃいいんだよ」 「あんた、何言って、」 「冗談に聞こえる?ここで一緒に暮らそうって言ってんの」 そんな大事なこと、こんな時に言うことないじゃない。布団の中での戯言は、絶対信じないことにしているのに。 「誰かと四六時中一緒に居るって感覚が、今までよくわかんなかった。でも、この一週間で身に染みたよ。オレ、この生活好きだ」 ナルトは、ぎゅっと握りしめた拳に触れると、その心と一緒に解いていく。指の絡まる感覚に、顔を横たえ、目を閉じた。今、ナルトの目を見てしまえば、絶対に流されてしまう。 「サクラちゃんは嫌い?」 「嫌い、じゃない……」 この部屋に留まり続けたのは、自分の意思だ。好きか嫌いかの二択を迫られたら、こう答えるしかないではないか。顔をそらしたままナルトの様子を伺うと、ニッと笑っているのが見えた。経験上、こういう時のナルトは何を言っても絶対に引かないと知っていた。贅沢は言わない。覚悟なんかとっくにできているから、シーツの縒れた布団の中なんかじゃなくて、せめて服を着てる時に言ってくれないだろうか。 「なあ、オレとここで、」 ナルトの声は、壁を叩きつける衝撃音にかき消された。さっとあかりが部屋に差込み、雨がざあざあと吹き込む音が聞こえてくるのだから、何が起こったかは明白だ。ナルトはがっくりと項垂れ、服を手繰り寄せる。雨合羽も必要だろう。 「なーんか締まらねえなあ……」 「暮らすにしても、この家じゃちょっと、ね」 穴の空いた壁を修復している最中、部屋を探すことからはじめてみましょう、と提案をしてみた。 こうなれば、一生かけて構い倒してやる。 2010/11/06
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