「たっけて、サクラちゃん」
 玄関ドアを開けると、情けない顔をしてナルトが突っ立っていた。
 キャベツ、きゅうり、ナス、にんじん、たまねぎ、ブロッコリー、その他もろもろ。山盛りになった野菜籠を抱えて、齢十八にもなる木ノ葉の若き戦忍が途方に暮れている。くたびれたリュックを背負っているのが、またなんとも物悲しい。
「またぁ!?」
「油断したってばよ。もう来ないだろうと思ってたのに、カカシ先生の野菜便」
 がっくりと項垂れるその表情は、今はあまり見ることのできなくなった貴重なものだった。
「オレ一人じゃどうしようもねえよー。お願いだから助けてー」
 メシ作って、作って、作って。そう目が訴えかける。
「あーもう、しょうがないなあ!」
 根負けして家の中に招き入れれば、ナルトは「やったぁ!」と声を張り上げた。




「なんかこう、オレの食生活を見透かしたようなタイミングで来るんだよね。なんか怖いってばよ……。お、このお茶うまいね」
 簡素なキッチンの背後、ちゃぶ台の前に座って、ナルトはお茶を啜る。牛乳を切らしていたから新茶の封を開けたのだが、生意気にも味の違いがわかるらしい。
「お茶葉って結構するんだからね。しっかり味わいなさい」
「うーい」
 すぐに一杯目を飲み干し、急須からおかわりを注ぐ。茶葉代を請求してやろうか、こいつ。
「週に何度くらい一楽で食べてるか、テウチさんに聞いてるんじゃない?あんた、がんばった自分へのご褒美って言い訳して、すーぐ一楽に行っちゃうんだから」
「ローテーション組んでるんだけどなあ。米食いたい時もあるしさ」
 ナルトはそう首を捻るが、そのローテーションとやらに問題があるのではないかとサクラは思う。だいぶ偏っているのではなかろうか。
「カカシ先生、昔から定期的に来てたんでしょ?野菜届けに。その時はどうしてたのよ」
「まるごと茹でて、塩振って食った」
「きゅうりとトマトは?」
「……ん?」
 聞こえない振りをするのが白々しい。
「もしかして、いつも腐らしてたの!?」
「だって!きゅうりってさあ、なんか変な匂いすんだもん!ほんでもって、茹でたらスゲーまずいし!トマトは歯ごたえが『ぐんにゅ〜』ってしててヤダ!」
 きゅうりは塩揉みをして、しっかり味を染み込ませないと食べられない。トマトは角切りにしてパスタに合えるか、肉と一緒に煮込めば大丈夫。あとの野菜は大体、煮物と炒め物で使い切るのがいつものやり方だ。最近は「これも入れて」とあらかじめ肉を買ってくるのだから、ちゃっかりしている。そして背負ったリュックの中には、米が詰め込んである。お礼代わりにいつも持ってくるのだが、段々と米の量が多くなっているのが気になる。とりあえず五合炊き、夕食後に残った分はおにぎりにして、煮物や炒め物と一緒に持たせてやろう。
「少しぐらい料理おぼえなさいよ。本ならいくらでも貸してあげるから」
「別にいいってばよ、本あっても読まないし」
 あんたは子供か。
 手を止めて振り返り、それじゃ私が困るのよ、と言いかける。しかし。
「オレにはサクラちゃんが居るからいーの!オレが好きな味付け、全部知ってるし!」
 煮物は甘めの味付けで。炒め物は味噌味ベース。豆板醤を使うと辛くて食べられない。調味料を凝るとかえって味がわからなくなるので、塩と胡椒が基本。いつでも肉は多め。鶏肉は胸肉よりも断然もも肉。ささ身は論外。手羽先と手羽元は骨が邪魔。
 ナルトの好みは、もれなく頭の中に入っている。自分用の料理を作るときも、ついつい癖でナルト好みの味つけにしてしまうほどだ。おかげで我が家の料理は、すっかりナルトの味に染められた。オイスター炒めや唐辛子を利かせた料理が好きだったはずなのに、一体どうしてこうなったか。
 それでも、「助けて、サクラちゃん」と言われると、どうしても断れない。
 わかりました、助けてみせましょう。心が必ずそう動く。
 ナルトが誰かに助けを求めたことがあったろうか?古い記憶をどれだけ掘り起こしてみても、それは見当たらなかった。どんな窮地に陥っても他人を頼ることなく、いつだって自分一人で道を切り拓いてみせた。そんな人が発する「助けて」の言葉を、どうやって無視できるというのだ。少なくとも、サクラにはできなかった。
 アカデミーの万年ドベが、いまや子供と女の子に大人気。カカシと並ぶ里の顔だ。ナルトさん格好いいですよね、と何度言われたかわからない。里中を見回しても、ナルトに「助けて」と言われる人はごく僅かだろう。
 助けて、と言われるうちが華かしら。
「あんたにも、いい人が早くできればねぇ」
「……オレ、そういうのわかんない」
 いかにも面白くなさそうに返すので、後ろを振り返る。ナルトはだらんと身体を弛緩させ、ちゃぶ台の上に頭を横たえている。まるで不貞寝だ。
「なぁに言ってんのよ。あんた、女の子に人気あるのよ?」
 油を引いたフライパンに豚肉を投入すると、たちまちにジャアジャアとやかましくなる。換気扇の回る音と相まって、台所はちょっとした騒ぎだ。
「いーや、オレは全っ然モテないね」
「えー?何ー?」
「好きな子にモテなきゃ意味ねってばよ……」
 拗ねた声は、食材を炒める音にかき消され、台所には届かない。






※自炊能力のないナルトを書いてみたかった。原作の二部ナルトは、部屋の中きちんと片付いてるんだよね。



2010/10/11