「あー、腹減ったってばよー」
 力のない声で呟くと、ナルトは昼飯の入ったビニール袋を机の上に乗せる。
「ボクもおなか減ったよー。あれ、キバは今日何も持ってきてないの?」
 大きな重箱を包んだ風呂敷の結びを解きながら、チョウジが尋ねる。
「昼過ぎもまだ仕事あるかんな。ちゃんと食っとけよ」
 そう言うシカマルの隣で、キバは暢気に伸びをしている。本日、アカデミーの資料整理を命じられた四人組は、空き教室で昼飯にありつこうとしていた。資料整理なんて雑用は下忍がやるものだと思われがちだが、取り扱い注意の書類が多数紛れているおかげで、中忍が借り出されることも少なくない。別の階では馴染みのくの一が同じ作業をしていると聞いた。
 資料室は、飲み食い厳禁が基本。朝飯を食いそびれたナルトは腹が減ったと騒ぎ、チョウジはおやつがないので少し不機嫌。キバは嫌いな書類仕事をすぐにサボろうとするし、シカマルにとっては非常に頭の痛い時間が続いていた。やっとのことで昼休みを迎えたが、残りの半日を思うと、気は重い。
「おーい、今日のお弁当ー」
 開いたままの扉から、テンテンがひょこりと顔をのぞかせた。その手には、四角い包みがふらふらと揺れている。
「お、来た来た。オレの昼飯!」
 キバの身体がぴょんと跳ね上がり、足早に駆けていく。その後姿に、三人は首をかしげるばかりだ。テンテンがキバの弁当を届ける理由がわからない。
「あいつらって、家近いんだっけ?」
「さあ?ボクは知らないや。シカマル、知ってる?」
「オレも知らねえ」
 三人の視線は、テンテンとキバへと注がれる。
「あんた、辛いの平気だったよね?」
「平気も平気、大好物。こないだの麻婆豆腐、もっと辛くてもいいぐらいだったし」
「あら、そう?今日のチリソースも辛めにしてあるのよ。ご飯ほしくなると思って、いつもより大目に盛ってあるから。ま、あんたのことだから、残さず食べるだろうけどさ」
 二人の会話にそっと耳を澄ませてみると、キバの弁当はどうやらテンテンの手作りらしい。話の流れに、その場がわっと沸いた。
「ええ!?あいつらデキてたのぉ!?」
「なんだか意外な組み合わせだねえ」
 端っこでサンドイッチを齧りつつナルトが小声で叫び、チョウジもうんうんと頷く。シカマルはといえば、飯を食っている時にあまり話をしたくないので黙ったままだ。そもそも接点がない訳ではないし、長い間顔をつき合わせていればそういうことも起こるだろう。弁当箱を片手に笑顔で戻ってくるキバを眺めながら、きんぴらを口に入れる。
「くそう!羨ましすぎるぞキバ!ちょっと中身見せてみろ!」
 一番端っこのナルトはキバの前に回り込み、弁当を観察する気満々だ。チョウジも興味があるようで、珍しく箸も動かさずに包みが解かれるのを待っている。
「んだよ、見せるだけだぞ。分けてやらねえかんな」
 パカリと蓋が開かれ、二段に分かれた弁当の内容が明らかになる。下の段はぎゅうぎゅうに詰まった飯粒。上の段には海老のチリソース、しゅうまい、唐揚げに炒め物。立派な中華風弁当だ。おおっと歓声があがる。
「へえ、美味そうだな」
 ちょうど咀嚼をし終えたタイミングだったので、シカマルも口を挟む。中忍試験の試験官を担当した時に出された弁当より上等だった。あれは確か、それなりに値が張る弁当だったはずなのだが。
「見た目だけじゃねーぞ。ホント美味いんだって。特にこの唐揚げ!にんにくが利いててうんめーのよ!」
 箸でつまんだ唐揚げを口いっぱいに放り込み、幸せそうな顔でもぐもぐ。
「なあなあ、オレのパンわけてやっからさあ、ちこーっと食わして」
「あ、ボクも!ボクも欲しい!」
「二人そろってなんだよ。そんなに食いてぇなら、お前らも作ってもらえばいいだろが」
「嫌味かコンニャロ!作ってもらう相手がいねえっつの!あー、サクラちゃん作ってくれねーかなぁ……」
「ああ?なんでサクラが出てくんだよ。あいつ料理できんの?」
 そう言いながらキバが弁当箱を持ち上げると、底から紙がひらりと剥がれ、ナルトの前に着地する。
「キバ、なんか剥がれたぞ。ん?なんだこれッ!?」
 そこには「本日昼飯代 50両也」と書いてあった。どこからどう見ても領収書だ。
「おいおい!金取んのかってばよ!?」
「当たり前だろ。作ってもらってんだからよ」
「や、そう言われるとそうなんだけどよ。なんかおかしくね?あれ?そう思うのオレだけ?」
「ナルトが言っているのは、お返しなら現金よりも一緒に夕御飯、とかさ。そういうことだろ?ボクもそれは思うよ」
 事態を静観しながら玉子焼きをもごもごと頬張っていたシカマルが、箸を置く。ナルトとチョウジがああだこうだと話しているのを他所に、当のキバは海老のチリソースに夢中だ。箸が忙しなく動き、白飯を合間にかきこんでいる。
「お前さ、」
「ふぁんだよ」
 ものを食いながら喋るなよ、と普段なら言うところだが、話しかけたのは自分の方だ。はあ、と息を吐いて、シカマルは続ける。
「テンテンに弁当作ってもらってるだけか」
「だけってなんだよ」
 それ以外に何か?とでも言いたげな様子でキバはシカマルを見る。つまり、材料費を払って弁当を作ってもらっているだけで、二人の間には何もないらしい。
「別にそういう話じゃねえみてえだぞ」
「あれ?じゃあ、二人は別に付き合ってるとかじゃないんだ」
「バッ!おま、チョウジ!それ絶対あの人の前で言うんじゃねえぞ!視線で殺される……」
 恐怖に顔を引きつらせるキバの姿に、盛り上がっていたその場の空気はさっと冷めた。
「んだよ、オレぁてっきり……あー、もういいよ。ったく、紛らわしいっつの」
「紛らわしいもクソもねぇだろう。なぁに勘違いしてんだテメーは。相変わらず頭足りねえな」
 キバの口ぶりにカチンときたナルトは、素早く弁当に手を伸ばし、先ほどキバが絶賛していた唐揚げをひょいと掴む。それを口に放り込むなり、ナルトの顔がぱっと輝いた。
「ナニコレ!超うめーってばよ!もいっこくれ!」
「ナルトずるいぞ!ボクだって!」
「意地汚ぇなあ!自分の昼飯があるだろが!」
 伸びてくる四本の腕をかわすのにキバは必死だ。のんびり静かに飯を食うために横槍を入れたというのに、騒ぎは何ひとつ収拾しない。シカマルはそっと眉をしかめる。だからめんどくせえんだ、こいつらは。
「わかった!弁当箱返しに行く時、お前らもついて来い!作ってくれるように頼んでみっから!」
「頼りにしてるぜキバ!」
「イエーイ!中華弁当!」




 昼飯を食い終わった後、キバの後ろにくっついて、テンテンが作業している別階へぞろぞろと移動した。「オレたちにも作ってくれ!」と笑顔で頼み込むナルトとチョウジだったが、「私は弁当屋じゃない」とあっさり断られた。曰く、二人分と四人分では、用意する材料も掛かる手間もまったく別次元なのだそうだ。
 後日、噂に噂を呼んだキバの弁当は、非常にしばしばつまみ食いの被害に遭い、そんな主人の弁当を死守すべく、赤丸は番犬のごとく孤軍奮闘したという。





※テンテンは武器使い → 中華包丁を巧みに使いそう → 料理うまいに違いない
そういった思考の流れがあり、この話ができたわけです。キバとテンテンの話をたびたび書いていますが、二人の間にその手の感情はからっきしありません。キバは美味いものが食いたいだけ。テンテンは自分の弁当を作るついでに小遣い稼ぎ(材料費+αをきっちり請求してる)。ダイエットに勤しむ春野さんといのちゃんに比べて、テンテンはよく食いそう。よって弁当も盛りだくさん。ガイ班の運動量は尋常じゃないので、食わないと身体が持たない。




2010/09/30