雪の深い土地に、三つの小隊が駐留していた。
 正体も居場所も掴めない敵を探るべく、木ノ葉が斥候に放ったのはナルトとサクラのツーマンセル。途中の分岐路で二手に分かれ、その後合流という手筈だったのだが、時間が過ぎてもナルトは合流地点に現れない。無線が届かないことを考えると、出くわした敵と交戦したのだろう。斥候の意味を正しく理解しているのか、甚だ怪しい。
「また無茶してなきゃいいんだけど……」
 分岐点まで一旦戻り、ナルトの姿を探す。感知タイプではないので時間はかかるが、この程度の追跡ならば可能だ。
 雪に埋まったナルトを見つけたのは、分岐点からだいぶ離れた場所にある林の中だった。派手な忍装束と目立つ金髪に、今は感謝をするしかない。水遁でも食らったのか、衣服はびっしょりと濡れ、加えて身体は雪まみれ。半分埋まった顔は生気がなく、息も弱い。このまま放っておけば間違いなく凍死だ。凍傷になりかけている手を首にぐいっと回すと、渾身の力でナルトを担ぐ。意識のない人間、しかも大の男を抱えるのは、さすがのサクラでも一仕事だ。身体が大きくなったことを、まさかこんな形で知ることになるとは。ずり落ちそうになる身体を何度も抱えなおし、途中で目星をつけておいた廃屋に転がり込む。
 残っている薪の量を確認してから火を熾し、忍服をナルトの身体から剥ぎ取る。事は一刻を争うため、手つきが多少乱暴になるのは勘弁してほしい。濡れた服はすでに凍りはじめており、動かすたびに表面に張った氷が白くキラキラと輝いた。天井にワイヤーを張って忍服を吊るすと、薪の横にたたんであった古びた毛布を広げる。穴が数箇所空いているが、これなら二人分の身体を覆うに十分だ。毛布を抱えて火の前に戻ると、今度は自分も忍服を脱ぎ、ナルトを背後から抱き寄せて毛布をかぶった。
 その格好のまま印を結び、チャクラを一定に放出しはじめる。あくまで少しずつ。徐々に体温を上げる。チャクラコントロールが得意な方とはいえ、何時間もこのままというのは、さすがに消耗が激しい。似たようなことをやって修行中に何度か倒れたなぁ、と不意に思い出した。
 四の五の言ってられない。それでもやり遂げなくては。
 余計な思考を頭から追い出し、意識を集中した。




 バチバチと爆ぜる火の音で、目が覚めた。
 やたらと身体があったかい。だが汗をかくほどではなく、心地良いぐらいだ。このままもう一眠りしたいな、とぼんやり思ったところで、背後から声がした。
「やっと目、覚めた……」
 心底安心しきったその声は、心なし元気がない。
「サクラちゃん……?」
 なんだか距離がすごく近いような気がする。焚き火の向こう側、天井に吊るされてるのは、自分の忍服で間違いない。床に畳まれている服は、サクラのものだ。
 火があって、毛布があって、二人の服があって、オレ、パンツ一丁。ほんでもって背中にはぬくくてすべすべした物体が触れ合っている。飛び込んできた情報が頭の中で絡まりあい、一気にぶわっと沸騰する。なんじゃこら!
「よかった……あんた凍死するところだったのよ……」
「え、え、何、え!?」
「さすがに疲れた……ちょっとこのまま休ませて……すぐ……起きる……」
 裸の肩に頭の乗る感覚がしたのが最後、サクラは寝てしまった。
 ようやく回りはじめた頭が、意識を失う前の出来事を思い出す。そうだ、オレは斥候に出てた。交戦の意思はもちろんなかったが、敵を撒くのに失敗し、そうも言ってられなくなった。水遁使いに、苦手な幻術タイプ。連携が見事で、隙をついて逃れるのが精一杯だった。やっと逃げおおせたところで、急に身体が利かなくなったのだ。
「オレんこと、あっためてくれたんだ」
 丈夫なだけが取り柄なんだから、火の前に放り出してくれてもよかったんだ。それなのに、自分の身体を使って温めてくれた。今あったかいこの体温は、サクラがくれたものだ。
 手のひらで顔を覆い、せり上がってくる涙を堪える。
「ちくしょ……泣いたってしょうがねえだろ……!」
 ここが戦場なら、どんな手段を使ったってサクラを守ってみせる。里の中に居たら、彼女に似合うものを片っ端から買ってやる。なんだったら全財産預けたって構やしない。
 だけど今、自分のためだけに限界までチャクラを使い、弱りきったサクラにしてやれることなんて、何ひとつないのだ。
「オレ、役立たねェなあ……」
 嬉しさから滲み出たはずの涙は、自分に対する情けなさへと姿を変えていた。
 背に寄りかかる細い身体は、小さく息をしている。本音を言うと抱きしめたかった。邪な心はそこになく、純粋に、感謝を伝えたかった。しかし、服を纏っていないサクラを抱き寄せるなんてことは出来なかったし、起きたサクラを驚かせてしまう。このまま背中で身体を支えるのが一番だ。
 私はアンタに頼ってばかりね。サクラがそう零したのは、いつだったろうか。何言ってんの、とその時は一蹴したが、今なら違う返答が出てくる。
 オレが、サクラちゃんを頼っている。オレが、サクラちゃんを必要としている。
 わけてもらったこの体温を、一体どんな形で返せるだろうか。返そうとしたところで、サクラは「いらない」と言うかもしれない。鮮やかに笑みさえ浮かべて。だけど、どうにかして返したいと思うじゃないか。なりふり構わずわけてくれたその心に、オレだって報いたい。
 もうそろそろ夜が明ける。斥候に出たまま帰らない自分たちを捜索しに来る頃合だ。もう少しだけ、待ってくれないだろうか。愛しい人を、このままそっとしておいてくれないか。
 背から伝わるぬくもりを、オレは一生忘れないだろう。





※ビー様は八っつぁんにどつかれることで幻術を破ってたけど、ナルトが九尾を手懐けることって出来るのかしらね。仲悪いままでも面白いと思う。あとこれ、映画や漫画でよく見かける処置ですが、実際はやっちゃダメっぽい。でもまあ、フィクションだからいいか、なんつって。



2010/08/28