鉄の国から里へと帰還したその日。話を一方的に切り上げたナルトがその場を離れたのをきっかけに、同期の集まりは解散となった。皆が散り散りに去っていく中、サクラといのは離れることなくその場に留まっていた。加工前の木材に腰をおろし、黙ったままぼんやりと空を眺める。風の強い日で、上空では雲が常より速いスピードでさっと流れていく。ひらひらと風に遊ばれる髪を手で押さえながら、サクラはぽつぽつと語り出した。何があったのかと問い詰められたわけではない。ただ、いのには聞いてもらいたかった。その時に動いた自分の感情をひとつひとつ整理しながら、サクラは事の顛末をすべて話した。
「あんまり感心できるやり方じゃないわね」
 話を聞き終えた後、長い長い沈黙を経て、いのはぽつりとそう漏らす。サクラは目をぐっと閉じて項垂れた。
「ん、反省してる」
「色々考えた結果なんだろうけどさ。あんたは昔っから思いつめると突飛な行動取るからね」
「え、そう?」
「ったく、自覚ないの?」
 私はあんたに振り回されっぱなしよ。アカデミー時代、いきなりライバル宣言をされた時のことを思い出し、いのは心中でそう呟いた。
「キバなんか貧乏くじ引いたって、行く前からすんごい嫌がってたし。ちゃんと謝った?」
「そりゃもう、平謝りで……」
「ならいいんだけどさ」
「今回ばかりは、周りに迷惑掛けすぎた」
「まったくだわ。あ、そうだ。まだ大きな問題残ってるからね。あいつへの告白。嘘も方便って言うけど、そういうタチの悪い嘘はつくもんじゃないわ」
「嘘なんかじゃないわよ」
「……は?」
 憮然とした表情でサクラに反論され、いのは間抜けな声を出す。
「そういう未来があるんだって気づいただけ。あの時、ナルトに受け入れてほしいって、私は本気で思ってた」
 サスケが暁に加担しているという事実は、サクラを深く絶望させた。どれほど大切に想ったところで、自分達の気持ちは何ひとつ届いていないではないか。闇へと突き進むサスケの足は止まらない。止められない。追いかけても追いかけても、もう無駄なのだ。突きつけられた現実を前に、サクラはひどい虚脱状態に陥った。これ以上何をすればいいのかわからず、サスケを追いかけることの意味を見出すことができなかった。疲れ果てていた。
 サイが現れたのはそんな時だった。感情の機微を察することが苦手なはずの男に、ナルトへの甘えを見抜かれた。ナルトがどれほど好いてくれているのかなんて、サクラ本人が一番よく知っている。こんなどうしようもない自分を見捨てずに想い続けてくれたあの馬鹿を、これ以上危険に晒したくない。ナルトのことが、誰より大事だ。それは心の中に確固として存在する真実だった。そしてサクラの前に現れたのは、二つの道だ。
 ナルトに恋心を告げ、もしも身勝手な約束から解放することができたなら、里に戻ってサスケ討伐を説き伏せる。ナルトがサクラの想いを受け止めることなくサスケを追い続けるのならば、自分の手ですべての決着をつける。
 あの告白は、師匠の綱手が興じる賭けによく似ていた。賭けに負ければ、きっと自分は何もかも失うだろう。初恋の男を手にかけ、大切な人に憎まれながら生きていく。あまりに分の悪い賭けだが、自分がナルトに背負わせたことを考えれば仕方がない。覚悟はできていた。
「サクラ……あんた……」
「修行してた二年半、ずっとあいつのことを考えてた。普通、サスケ君のこと考えるのにね。その時は全然気にもしてなかったけど、まあつまり、そういうことなのよ」
 考えて考えてようやく辿りつけた恋心だというのに、取りつく島もなくきっぱりと拒絶された挙句、あろうことか「そんな事」呼ばわり。あんまりにも腹が立ったので、最後には口論になってしまった。
「あーあ、本気だったのになぁ。フラれるわ、殺されかけるわ、もう最悪よ」
 がっくりと肩を落とすサクラの隣で、いのは難しい顔をして首を傾げる。
「あんたに好きだって言われて頷かなかったの?あいつがぁ!?ありえないでしょ」
「自分に嘘をつくような奴はキライなんだって。何度も言わせないでくれる?へこむから」
「……あいつに何て言ったの?ちょっと聞かせてみなさい」
「ええッ!?いやよ!冗談でしょ!?」
 サクラは叫ぶようにそう言って、顔を真っ赤にする。しかし、いのは一歩も引くことなくサクラの両肩を掴み、力の限りに揺さぶった。
「力になれるかもしれないから!さあ、とっとと言いなさい!」
「えー……あーもう……だからぁ……」
 これは何の羞恥プレイだろう。こんなにしんどい作業がこの世に存在するとは。サクラは何度もつっかえながら、ナルトに送った言葉を口にする。すべてをなぞり終えると深く息を吐き、熱くなった顔を手のひらで煽いだ。
「あんったは何考えてんのよ……」
 黙って聞いていたいのが、低い声を絞り出した。ふるふると震えているのは、決して気のせいではない。
「何だってサスケ君の話なんか持ち出すのよ!しっかもあんた、ナルトが怒りそうなこと並べちゃってさあ!そんなんであいつが頷くわけないでしょーが!」
「だって、本当のこと言ったらあいつ突っ走っちゃうでしょ!?オレが一人でなんとかする、とか言い出すに決まってるんだから!」
「だからって、その言い草はないでしょ。好きだなんてどうかしてただの、犯罪者を好きでいる必要ないだの、そりゃ嘘ついてるって思われるわ。つーか、嘘じゃん」
 いかにも呆れたというその口調にカチンとくる。こっちだって必死に頭を絞って考えた台詞だというのに。そこまでこき下ろされるのは心外だ。
「じゃあなんて言えばよかったのよ!」
「ガンッガンに押しまくんのよッ!ナルトが何を言っても、あんたが好きだ、あんたが大事、それでずっと押し切るしかないでしょーが。サスケ君のこと、まだ踏ん切りついてなかったんでしょ?そこに触れたら絶対にボロが出るに決まってるじゃない。あーもう!あんたの恋愛センス、ゼロよゼロ!むしろマイナスだわ!」
「なっ!そこまで言われる筋合いないわよ!話せっていうから話したのに、何その言い草!腹立つわ!もう帰る!」
 あったまきた、と吐き捨てながら、サクラはずんずんと歩き出す。
「サクラ」
「何よ」
「このままあきらめるの?」
「まさか。今度はあいつから好きだって言わせるわよ」
 力強い返答に、いのはにっと笑ってみせる。
「あんたからまた言う羽目になったら、今度はちゃんと私に相談しなさいよ。添削したげるから」
「余計なお世話!」






※以下、すんごい長い語りになります。鬱陶しいから反転しちゃう。
初恋の人を追いかけ続けるよりも、すぐ隣にいつも居てくれた大事な人を守りたい。悩んで悩んで悩みまくって、身を切らすように出した結論がそれだった。ナルトとサスケ両方大事で、本来なら天秤にかける問題ではないけれど、答えを出さざるを得なかった。本当なら真実だけを告げたかったのだけれども、身勝手な約束からナルトを解放するためにはサスケのことに触れないわけにいかず、ああいう告白になったんでしょうね(ほんと不器用だよ、この娘さんは)。まだ決めたばっかでぐらついてるもんだから、サスケのことは自分に言い聞かせるような感じになっちゃってるし。だもんでいまいち説得力がないのだけれど、サスケ云々以外は全部本音なのでしょう。いつ自覚したのか、これはもう読者の想像におまかせなんでしょうな。苦し紛れの告白に比べて、その後の喧嘩はだいぶしっくりきます。悩んで結論を出したのに、好きだという気持ちまで否定された春野さんが本気でキレてる感じ。喧嘩してる回の方が「らしい」んだよね、台詞回し。




2010/08/08