火の国、木ノ葉隠れの里。その象徴とも言うべき火影岩から歩いて数分の場所に、火影の住処はある。居室と執務室を兼ねた建物であり、そこには封印された禁術書から持ち出し厳禁の重要書類まで、外に漏れれば里の危険に繋がりかねないありとあらゆる情報が大切に保管されている。中でも重要度の高い情報が収められているのが、地下の書庫だった。
 五代目火影として里を治める綱手は、朝一番にこの地下へ足を運ぶ。それはここ最近の大事な日課で、シズネの出す熱い茶を後回しにするほどだった。
 地下のひんやりとした空気を肌に感じながら、とある部屋へと向かう。扉をくぐり、書棚全体をぐるりと見回した後、降りて来い、と綱手は暗闇に向かって声をかけた。音もなく現れた人影の顔は、動物をかたどった面に覆われていた。手には小さな書面が一枚。綱手がさっと一読した後、それは火に包まれ消えた。
「そろそろ辿り着きそうだな」
「奥の結界は強固です。破られることは、まずありえません」
「……一度、里の外に出してみるか」
「外、ですか?」
「それもひとつの手だ。引き続き、監視を頼む。道を踏み外させるな」
「御意」




「いつまでこんなことを続けるのですか?」
「シズネか、早いな」
 昨夜探りを入れられたファイルを本棚から引き抜き、内容をざっと眺めてみる。短時間でここまで辿り着いたか。手際が良いものだ、と場違いな感心をしてしまう。尾獣について、そしてうずまきナルトの出生について、これ以上の情報を晒すのは危険だろう。やはり一旦、外に出すのが上策か。今の仕事が一段楽したら、適当な任務を見繕って里外に出すことに決める。
「一度、サクラと話し合いの機会を持たれてはいかがでしょう?」
 シズネの助言に手を止めることなく、ぱらぱらとファイルを捲る。
「話し合ったところで、あの娘が動き回ることを止められはしないだろうさ。手持ちの情報を差し出したところで、今度はその先を知りたくなる。それが人の性ってもんだ」
 いくら情報を与えたって、自分の手足を使って手に入れなければ、納得なんてできやしない。今のサクラにとっては、身体を動かすということが重要なのだ。綱手はファイルを閉じると、元の位置に戻し、その背表紙を指ですっと撫でた。
「捌け口を作ってやらんとな。矛先がどこへ向くかわからん」
「綱手さま……」
「私はあの娘が可愛いんだよ」
 思いがけない拾い物だった。頭がキレるという話だったし、あのカカシが手がけた下忍だというので期待はしていた。しかし、頭の良さと医療のセンスはまったくの別物で、期待の大きさに比して大成しない医療忍者を綱手は数多く見てきている。
 サクラが頭角をあらわしたのは、修行をはじめてすぐのことだった。才能の原石を目の当たりにするのは本当にしばらくぶりで、時間を惜しんで修行をつけた。与えるものすべてを吸収し、次々と使いこなしていくサクラのしなやかさは、綱手に新鮮な驚きをもたらした。人を育てる喜びをこれほど感じるのは、シズネ以来だった。
「時代が変わったんだろうね、どこぞの一族でもない忍なんてのが居るなんてさ」
 名を聞けばすぐにどこの一族かわかった時代は、もうはるか遠い。里の規模がそれだけ大きくなったということだ。戦力としての忍は数を増やし、今では男も女も関係なく戦場で立ち回っている。しかし、女の腕力ではどうしたって男には敵わない。くの一はそれに悩まされながら生きていくのが常だ。絶対的な身体能力差を補うには、同期の日向や山中といった特異能力を持つ一族出とは違った方法で、相手を出し抜く「切り札」を身につけるしかない。もしサスケがこの里に留まっていれば、綱手はきっとサクラを暗号解読班に異動させただろう。戦場からは遠くなるが、里にとって極めて重要な機関だ。勤勉な姿勢と旺盛な知識欲は、必ずや里の力となったはず。
 しかし現実にサスケは里を抜け、サクラは綱手の弟子となった。そして今、忍として非力だった少女が、戦場で生きていくための大きな武器を手にしようとしている。それを力の限り手助けしてやりたいと願うのが人情だ。ましてサクラは愛弟子。この際、火影の立場を大いに利用させてもらう。
「修行の邪魔になるような障害物は、少しでも取り払ってやりたいんだ。サクラは今、動かずにはいられんのだろうさ。自由にさせて危ない橋を渡られでもしたら、目も当てられん」
 ナルトが修行を終えて里に戻ったならば、二人は手を携え、サスケを追うだろう。
 それを止めやしない。その時が来たならば、思いきり走るといい。
 研鑽した力を、蓄えた知識を、溢れる才覚を、戦場で存分に活かすといい。
「甘いと思うか?」
「いえ、まさか。そういう方のお側にいられることを幸せに思います」
「うまいこと言いやがる」
 ふん、と鼻で笑って、綱手は書庫に背を向ける。
「熱い茶が飲みたい。淹れてくれるか」
「もちろん喜んで」





※九尾について「師匠の書斎に忍び込んで調べた」と春野さんは言っていましたが、そんなのは筒抜けだったろうなと思うわけですよ。素知らぬ振りして探らせたんでしょうね、きっと。



2010/09/01