(注)爛れたエロスです。ご注意ください




 福引で引き当てた旅券をサクラの両親に贈ろうと決めたのは、その帰り道でのことだった。ナルトの発案にサクラは何の不満もなく首を縦に振ったし、それが一番有意義な使い道だと二人は信じて疑わなかった。善は急げとばかりに近況報告を兼ねてサクラの実家に顔を出すと、両親は揃って歓迎をしてくれた。ご無沙汰してます、なんて大人みたいな挨拶をするナルトが、サクラにはなんだかくすぐったい。
 居間でお茶菓子をつつきながら世間話をした後、本題を切り出す。だがサクラの父は隣に座る母の顔を見て一度頷いた後、「申し出は本当に嬉しいが、これは二人で使いなさい」と諭した。サクラの両親は忍社会とはまったく無縁の場所で生きている。しかしその過酷さは、サクラの後ろ姿が常に物語っていた。こういう貴重な機会は大事にするといい。そう話す父の顔は穏やかだったが、一人娘の身を案じているのは痛いほど伝わってきた。
 湯の花饅頭を土産に買ってくることを約束し、家を辞する。道すがら、二人の間に会話はほとんどなかった。角を曲がり、家が見えてきたところで、ぽつりとナルトが言う。
「休み、取ろうか」
「そうだね」
 そして二人は、旅に出ることを決めた。




「混浴じゃない……」
 気立てのよさそうな仲居の案内で部屋へと通され、置いてあった館内パンフレットを開くなり、呆然としたようにナルトが言った。
「なんでそこに驚くの」
「オレ、第一希望に入れたじゃんか、混浴がいいって」
 今回の旅行は、手続きから何からサクラが取り仕切っていた。ナルトはその頃、里の外をあちこち飛び回る任務が多く、サクラの方が里内に留まる時間が長かったのだ。商店街の福引でナルトが当てたのは、温泉旅行の旅券だ。旅の行き先こそ決まっていたが、宿泊旅館に指定はなく、金券に自費を加算することで高級旅館にも泊まることができた。悩んだ二人は、それぞれ希望を紙に書き起こし、擦り合わせを行った上でサクラが旅館を決めた。
「それはナルトの希望でしょ。それ、こっちはランク外だもの。優先順位が落ちるのは仕方ないじゃない」
「ええ?そういうこと?納得できねー!」
 駄々をこねる子供のように、大の字でばたんと畳に倒れこむ。旅館選びの条件は、風呂が広い、飯が美味い、部屋は畳、外観が多少古くても雰囲気重視。共通したそれらの意見が優先された結果、ナルトの第一希望は選外に漏れたというわけだ。
「ご飯は六時半からだって。お風呂入ってから食べよう」
「んー」
「ねえ、お風呂」
「んー」
「入るでしょ?」
「んー」
 もう、とナルトの手を引っ張って上半身を起こすが、身体はだらんと弛緩したままだ。馬乗りになってその背に手を回すと、針金が差し込まれたように背筋がピンと伸びる。頬に唇を寄せれば針金はベニヤ板に変わり、音を立てて唇を啄ばむと、サクラの身体は畳の上に押し倒されそうになる。それをひらりと避けて立ち上がると、ナルトは面を食らったようにサクラを見上げた。
「続きはお風呂のあと」
 奥にあるクローゼットの中からタオルと浴衣、ついでに丹前を二人分探し出して振り返ると、ナルトはもう身支度を整えて扉の前に立っていた。なんて素早い。
「温泉、行きましょう」
「……はいはい」
 サクラは呆れた声でおざなりに返す。なんだかんだで風呂好きだからカラスの行水にはならないだろうが、ちゃんと温まりなさいよ、と一応釘を刺しておいた。




 風呂は広い、飯は美味い、仲居の感じがいい、庭が綺麗。旅館の美点を数え上げれば、きりがなかった。夕食後の部屋には布団が敷かれ、部屋の端に寄せられたちゃぶ台で腹ごなしのお茶を飲む。
「旅館、すっげえいいね」
「気に入った?」
「うん。また来たい。サクラちゃん、かなり探したでしょ?」
「うーん、そうかな?雑誌の記事はあまり当てにならないから、聞いて回ったりした」
「ありがとう」
「どういたしまして」
 互いに頭を下げ合い、急須から新しい茶を注ぐ。何かを話すよりも、黙っている方がずっと落ち着いた。そんな時間の過ごし方が、この部屋には合っていた。ちょっとごめん、とサクラに断りを入れて手洗い場に立つ。さして時間は経っていないのに、部屋に戻るとサクラは座椅子に凭れたまま寝入っていた。三日も続けて休みを取るためにきっと無理をしたのだろう。二人で決めたこととはいえ、手続きを任せてしまったことに負い目を感じる。風邪を引かないようにと、その身を抱えあげて布団の中へ横たえた。
 丹前の裾に腕を突っ込み、月明かりに照らされた庭を眺める。手入れが行き届いており、花も木も生き生きしているのがよくわかる。眺めていて飽きない。月の綺麗な夜は酒を飲むに限る、という師の言葉を思い出し、少しだけ酒が欲しくなった。甘い酒なら好んで飲むが、冷蔵庫にはビールと日本酒しか入っていなかったはずだ。この際ビールでもいいか。何の根拠もなかったが、今なら美味いと思えそうな気がした。布団の足元にある冷蔵庫の扉を開け、中に入っている飲み物の種類を一通り確かめてから、ビール瓶を掴む。
「どうして起さないの?」
 冷蔵庫の奥で唸っているモーターの音に気を取られ、サクラが近づくのに気づかなかった。浴衣越しの背中に、両手が触れるのを感じる。
「気持ちよさそうに寝てたし、今日ぐらいは、と思ってさ」
 手にした瓶を冷蔵庫の中に戻し、扉を閉める。サクラと向かい合うと、その髪に指を絡め、耳の後ろに手をあてた。
「ありがと。でも、せっかく一緒に過ごすんだから、時間を無駄にしたくないわ」
「それはオレも同意見」
 口元に笑みを浮かべてそう返すと、浴衣の裾を割り、サクラの脹脛に指を滑らせた。その手は足首を軽く撫ぜ、踵を軽く持ち上げる。
「ナルト?え、ちょっとやだ……」
 足指を舐められ、サクラは息を詰まらせた。その感触が足裏に伸びそうになるのに気づき、浴衣の裾がはだけるのも厭わず足を引く。
「いや」
「どうして?全部触りたい」
「やだ、きたな……い」
 かぶりを振っても追求の手は緩むことがない。掛け布団をぎゅっと掴む。はだけた裾から手のひらが進入し、すうっと足の側面を撫でた。足首に頬を寄せ、膝裏を強く吸い、太腿に手が及ぶ頃には、吐く息に色がつきはじめた。
 身体を布団に横たえてからも、ナルトは時間をかけてゆっくりとサクラを愛した。襟元から差し入れた手が、肩のラインに沿って、浴衣を剥いでゆく。隠していた肌が露になり、羞恥からか、サクラは身を強張らせた。乳房を右の手のひらで覆い、柔らかな腰の曲線を指で舌で丹念になぞると、その身は小さく震えた。皺が寄るのが嫌なのだろう、サクラは浴衣を脱ぎたそうにしていたが、帯も取らずにそのまま抱く。片方の袖は腕を収めたまま、割れた襟元は頼りなさげに身体を覆っている。しどけないその姿は扇情的で、内にある欲望を暴いていく。変態、と罵られるのもどこ吹く風。ナルトは笑って返す余裕さえ見せる。
 その夜は、朝が来るのを惜しむことなく褥を共にした。




 翌日は朝食こそ取ったが、それ以外の時間は飽きもせず布団の中で抱き合っていた。浴衣は布団の傍らに放り出されている。余所のにおいがする布団と人肌があれば事足りた。目を覚ませば、どちらからともなく相手を求める。その繰り返しだ。ガラス戸を打つ雨の音、廊下を歩く人の気配、二人の部屋を通り過ぎる何もかもが遠い。うっすらと聞こえる隣人の寝息が、この世のすべてだった。昨夜から途切れることのない情交のせいか、息が触れるほどの距離で頬を撫ぜても、ナルトは目を覚まさなかった。気の済むまで寝顔を眺めた後、自らもまどろみに落ちようとサクラは目を瞑る。
 ナルトの手が脇腹を撫ぜた。左手は上へとゆっくり伸び、乳房を包む。背後から腕を絡ませ、サクラを引き寄せる。言葉もなく、愛撫は始まった。首筋、肩、背中と愛しそうに啄ばむと、左手の中、柔らかかったはずの頂きは硬く膨れはじめた。手のひらで甘く転がし、指で摘み、乳房の柔らかさを確かめるように揉みしだく。
「ん……」
 サクラは身じろぎ、背を天井に向ける。すると左手は乳房を離れ、腹を擦り、腰元へ行き着く。背中から覆いかぶさると、膝裏を手のひらで救い上げ、サクラの右足を大きく開かせた。湿った場所は骨張った指によってすぐに探り当てられ、いいように弄ばれる。入り口を丁寧になぞっているかと思えば、敏感な場所をいきなり責め立てられ、もう一方の手は触れようともしなかった片方の乳房の形を乱暴に変える。それによって湿り気はますます強くなり、指を入れれば艶かしく絡みついてくる。あまりの羞恥に開かれた両足を閉じようとするが、ナルトはそれを許さなかった。陰部を弄ぶ手をそのままに腰を持ち上げ、サクラの膝を立たせる。
 指よりもはるかに強い刺激が中を突き上げ、猥らな嬌声が漏れる。こんな声、自分のものじゃない。枕に頬を押しつけ、シーツをきつく握り締める。それでも身体の芯を貫く快楽に、どうしようもなく翻弄される。支えられずとも膝は自然に立ちあがり、まるで誘っているかのようだ。
「はあっ、んっ、……ああっ!」
 乱暴にずるりと根を引き抜かれ、身体が跳ねる。目をうっすらと開くと、視界には天井が広がり、シーツが背に擦れた。前後に揺すられているその最中、ナルトと目が合う。耐え切れず目を逸らせたくなるが、自分の身体に溺れている顔を見ていたいという欲が勝った。相手の律動はとたんに速くなり、喘がせたいのだとすぐに知れる。荒い息を吐きながら見詰め合う様は獣じみていたが、それを止める理性は里に置いてきた。もっと曝け出して。もっと身体を抉って。声にならないその想いに応えるように肌を打つ音は強くなる。ぶるっと身体を震わせたナルトが倒れこみ、欲を吐き出す。確かな重みを全身で受け止め、きつく抱きしめた。




 昇りつめた後も、離れることなく手足を絡ませ、裸の胸に頬を寄せていた。
 淫らだと指をさされるのを覚悟で言えば、身体を重ねる行為は好きだった。何をどうやってもナルトの心は手で触れられないが、行為を重ねるうちに互いの境界線が波を打ちはじめ、魂の在り処さえ掴めそうなほど混ざり合う。皮膚温度や心音までもが重なり、愛する人の一部になっているかのように思えてくる。サクラはそんな錯覚こそを愛していた。気持ちよければ相手は誰でも良いという考えには共感できそうにない。自分の考えをナルトに強要するほど幼くはないし、男の場合は勝手が違うことだって知っている。だが、そうあって欲しいと願ってしまうのだ。自分以外の女とこんな瞬間を迎えるなんて、考えたくもなかった。
 あんなに愛された後だというのに、炙り出された願望は消えることがない。なんて身勝手な女だろう。見えないようにと目を逸らすほどに、それはじわじわと広がっていく。辛くて苦しくて仕方がなかった。ゆるく巻いた左手に知らず力が入り、ナルトがそっと顔を覗きこむ。どうしたの?とその目が優しく問いかける。いつもなら、何でもないと気丈に振舞うことができるのに。サクラは縋る思いで言葉を囁いた。
「お願い」
「……ん?」
「私だけを愛して」
 沈黙が怖かった。一秒が十秒、いや、それ以上の重みを今は持っている。
「うん」
 唐突に振ったというのに、答えをあらかじめ決めていたかのような、小気味の良い返答だった。問いかけてから答えるまで、迷いや打算が紛れる隙間はどこにもなかった。布団の上での戯言だと受け流すこともなく、いつも通りの真っ直ぐな声だった。
「今も昔も、それだけだ。ガキん頃からオレ、ずーっとサクラちゃんだけって言い続けてるよ?そうやって改めてお願いをされんのって、スゲー嬉しい」
 昔の面影を宿したその笑みはたまらなく魅力的で、はじめて恋に落ちた瞬間を思い出した。いや、きっとまた恋をしたのだ。胸を締め付けてくる甘い痺れは、それに間違いなかった。生涯を終えるまで、幾度も幾度も繰り返しこの人に恋をするのだろう。そう確信した。
「好き。すごい好き」
 ナルトの身体に跨り、昂りを隠すことなく口付ける。応えてくれることが嬉しくて、夢中で舌を絡ませた。この部屋で重ねた濃密な情交の末に、ナルトが触れたことのない部分はただのひとつもなくなった。文字通り、サクラの身体をあますところなく愛撫した。それをそのまま返してみるのはどうだろう。唯一の女だと一寸のためらいもなく断言してくれたこの人に、今の喜びを伝える方法はそれ以外に見つからなかった。
「あなただけなの」
 控えめに施されていくぎこちない愛撫は、それでも徐々に滑らかになる。身体を隅々まで触れて、確かめて。そうしなければわからないことは数多くあり、知ることすべてが喜びだった。傷痕のほとんどない肌は綺麗だけど物哀しく、腕や脚のたくましさは日頃自分をどれほど優しく扱ってくれているかを知らせてくれた。これ以上なく硬くなった竿を握り、自らの中へと少しずつ導いていく。唇をぎゅっと引き結んで、声を押し殺す。
「はっ……すげ……」
 どう動けばいいのかなんて、わからない。だが、髪をくしゃりとかきあげ、顔を歪めるナルトを見ていると、これでいいのだと思う。ナルトが時々見せる嗜虐心の正体を垣間見た気がして、より大きく腰を揺らす。しかしそれは自身の限界を助長する行為でもあった。
「ごめ、ん……も、無理……」
 ナルトの肩をぎゅっと掴んで、首を振る。するとナルトはサクラの両膝を掴むと自分の喉元で合わせ、より奥へと進んでいった。思いがけない侵入に、悲鳴に似た声が上がる。こんなにも深く繋がる術が、まだあったなんて。
「やぁ……もう、ダメ、あっ!」
 ナルトが半身を起こし、力の抜けた身体を支えてくれた。背中には汗をかき、息も荒い。身体が冷たくならないように、あるいは、胸の内に燃えさかる想いが冷めないように、お互い触れることをやめなかった。
 そこかしこに張り付いている気だるさを振り払い、サクラは時計を探す。もう夕方の四時半だ。夕飯まであと二時間。それまでに身支度を整える必要があった。部屋の外で情の匂いを振り撒くのは好ましくない。惜しい気もするが、名残をすべて洗い流してしまおう。
 花のように散った紅い痕を愛しげにさすり、腕に浴衣を滑らせた。






2010/04/13