森の中をひたすら駆けていた。
 しなやかな獣のように走り抜ける三つの気配は、足音はおろか葉擦れの音すら響かせず、四方八方に感覚を尖らせている。旧七班の顔ぶれが揃うということは、それすなわち里の重大な危機を示していた。自惚れでもなんでもなく、自分たちは木ノ葉が打てる最大の切り札だ。久々のチーム編成をそう喜んでもいられない。それでも、久しぶりに味わう高揚感は悪くなかった。三人揃えばできないことは何もない、だなんて。錯覚だとわかっていても、口元に笑みさえ浮かんだ。
「キリがねえな……」
 そう呟くことで、閉塞した状況が拓けるわけでもない。言うだけ無駄だ。その瞳から赤い色彩が消え去って久しい。天下に名を馳せる写輪眼とはいえ、チャクラが底をついてしまえばただの眼だ。得意の先読みも使えやしない。チャクラを大食いする技を使ったのがいけなかった。必要な時にだけ使っているつもりだが、状況判断はまだ甘い。病院のベッドで寝転がるカカシを鼻で笑うのはもうやめよう。こんな時に使えないだなんて、役立たずにもほどがある。
 ポーチの中には、手裏剣、光玉、起爆札。数が多いのは煙玉か。だが今更煙幕を張ったところで、手持ちの武器を減らすだけの愚行に終わるだろう。
 三人で固まって動くのは、ここいらが限界だ。そう思ったので、二人に背を向けた。
「ちょっと行ってくる。お前らは先に、」
 手首に人肌が巻付いた。振り払おうとすれば、きっと肩が外れる。
「サクラ、離せ」
「やだ」
「心配すんな、必ず戻る」
 嘘ではない。本音だった。やぶれかぶれな突撃ではなく、頭の中は冷静そのものだ。こんなところで命を使い切ってしまったら、二人の生きる道を守れなくなる。少なくとも、サクラの背後に立っているウスラトンカチが火影になるのを見届けるまでは、絶対に死なないと心に決めていた。
「だから、な?」
 これ以上ないくらい優しい顔を作り、甘い言葉で宥めようとする。血飛沫の残る手甲で触れるのはためらわれたが、結局はそれを嵌めたまま、頬を撫ぜた。
「絶対だめ」
 かぶりを振るサクラの決意は固く、掴んだ手を離そうとしない。信用のなさは自業自得だ。いっそ手首から先を切り離してしまおうか。生きて帰ってみせたら、サクラも少しは自分という男を見直すかもしれない。腰元の剣を抜きかけたが、ナルトに肩を叩かれて、我に返る。
「サスケ、お前ちょっと向こうむいてろ」
「あ?」
「いいから」
 首がもげるんじゃないかという勢いで、ぐりっと90度回された。痛えな、と文句を言う隙間はそこに一切なく、視界から消えた二人の間の空気が揺れた。そこでようやくサスケはナルトの意図に気づく。
 ああ、そういうことですか。不粋な男ですみませんね。でもここ、戦場ですから。
「心配しないで?すぐ戻るから」
 そうサクラに言い残すのと同時に、サスケの頭から手が離れる。こいつがそんな安っぽい台詞に頷くタマかよ。いざとなれば、サクラの身体を担いで先を急ぐことにしよう。サスケは寝違えたような感覚の首筋を二度三度さすり、サクラに目を遣った。先ほどまで揺らいでいた瞳は前方ただ一点を見つめ、去っていく背中の行く末を探る気配すらない。その潔い様に目を瞠る。
「サスケくん、行くよ!」
「……おう」
 張りのある勇ましい声がサスケを鼓舞した。後を追わないようになんていう気遣いはまったく無用だった。あれほど離れるものかとふんじばっていた足は、たやすく前へ動く。後ろをただの一度も振り返ることもなく、速度を緩めることもなく。すげえな、と心の内で呟いた。感動すら覚えた。この瞬間までにナルトが積み重ねてきた行動と努力を思うと、目の前がくらくらする。人の繋がりというものに、改めて思いを馳せずにはいられない。
 愛だとか、恋だとか。男女の間に結ばれる情など、自分にはきっと一生わからない。そんな縁を結ぶつもりもない。それでも、ナルトとサクラを近くで見ていると、遠い昔にいらないと放り投げてしまった熱い塊を取り戻せそうな気がした。






※木ノ葉の未来にサスケが居ないなんて、そんなのやだい。




2010/04/08