玄関の鍵ががちゃがちゃと慌しく開けられ、部屋の空気がごうんと震える。買い物に出ていたサクラが帰ってきたのだと思い、おかえりーと声を出してみるも返事はない。上半身を起こして扉の奥を覗いてみると、台所で何やらごそごそと探し物をしているようだった。帰っているのならば、それでいい。雑誌に目を戻してページを捲くる。 「やっぱりあった!よし!」 弾けるような声に続き、半分開いた扉の隙間から、ひょいとサクラが顔を出す。 「ナルト、お願い。一緒に来て」 「んー?」 「ねえ、早く!」 「何、どしたの」 いつになく急いているその様子に、ナルトは寝そべったまま、ぼりぼりと腹をかきながら問いかけた。 「今ね、商店街で福引やってるの。で、その景品に出てる炊飯器がどうしても欲しいのよー」 最近はあまり口にしなくなったのだが、同居したての頃は炊飯器の性能によく不満をもらしていた。当面の繋ぎで買った炊飯器は、サクラ曰くご飯の味がいまいちらしく、もう少し厚釜で良質のものが欲しいのだそうだ。しかしナルトはといえば、ご飯の味の違いがあまりよくわからない。よく行く定食屋で出てくるどんぶり飯と、一楽でよく頼むおにぎり、そしてこの家の炊飯器で炊いたご飯の三つを味比べしたところで、どれも変わらないと断言するだろう。 「炊飯器」 「そう!だからお願い、一緒に来て!あんた、昔っからそういうのよく当ててたじゃない」 そうなのだ。ナルトはなぜかくじ運が馬鹿にいい。当たりつきのアイスを食べれば三回に一回は当たり印が出るし、綱手を捜索している時に偶然入ったパチンコ屋ではガマちゃんをこれ以上ないくらい太らせたこともある。そして肝心の福引はといえば、本人に物欲が無いため好んで参加はしないのだが、その勝率は実に八割を超える。必ずといっていいほど欲しいものを引き当てるのだから、サクラが縋るのも無理はなかった。 「つってもオレ、忙しいしなー」 「何よ!ごろごろしてるだけじゃない!」 「うーん……ちゅーしてくれたら行ってもいい」 ポテトチップスを齧りながらそう言えば、ナルトの狙い通り、サクラは眉を顰めて悩み出した。そらそうでしょう、悩むでしょう。こんな風に面と向かってせがむと、サクラは必ず嫌がる。今はそれを逆手に取らせてもらおう。なにしろ今日は家から一歩も出ないと心に決めていた。スナック菓子は買いこんであるし、冷凍庫にはアイスが二つ、傍らには雑誌が山と積まれている。もちろん身体を動かすのは大好きだし、修行は趣味だと言ってもいい。だが、こうやって骨休みを取ることだって大事だ。何をするでもなく、一日中のんべんだらりと過ごす。今日のオレは身体に根が生えている。むしろ、オレは根だ。地中深くに潜り込み、ちょっとやそっとの衝撃ではびくともしない。 サクラが諦めるのも時間のうちだろう。そう思いながら、ポテトチップスのカスがついた手を払い、麦茶が入ったペットボトルに手を伸ばす。しかし突然胸倉を引っ掴まれ、体勢を崩した拍子にボトルは床にごろりと転がった。そこに残った液体が波を打つ。その一瞬、時間は間違いなく止まっていた。 「約束だからね。行くわよ」 唇を離すと、倒れたペットボトルを律儀に起こし、サクラは立ち上がる。引っ掴まれたせいで皺の寄った胸元が、ゆっくりと元に戻っていく。もうけ!と思う一方、なんでも叶えてくれるのなら、もう少し大胆なことをお願いすればよかった。 「ナルト!」 「はーいはい」 すぐに行かないと、真っ赤に染まった顔が拝めなくなる。途端に身体は軽くなり、ナルトは上機嫌で玄関に向かった。 「二等よ、二等。一等でもいいけど。あ、間違っても特賞だけは当てちゃダメだからね」 サンダルの踵をだらしなく引きずりながら、サクラの後ろをついて歩く。そんなに早く歩かなくても、炊飯器は逃げませんよ。……ああ、違う、この場合は逃げるのか。誰かに引き当てられたら終わりだわな。今日は考えることを放棄しているため、頭がうまく回らない。 景品引換所に着くと、そこには十人ほど先客が居た。残っている品目を確認すると、サクラがご所望の炊飯器はもちろん、上位の景品は三等の商品券を除いてちゃんと残っていた。ちなみに一等は新米半年分と記されており、米俵が三俵積んである。なるほど、これは確かに魅力的だ。そして、その隣に垂れ下がる半紙には、特賞の赤い文字。 「へえ〜。二泊三日、温泉旅行だってさ」 「さっき言ったでしょ。それは絶対ダメ。二人合わせて三日も休暇を取るなんて大変だもの。だから、お米か炊飯器!」 十人連続で参加賞のポケットティッシュを受け取った後、ようやく順番が回ってくる。サクラが差し出した抽選券は、台所でかき集めた分も含め、全部で十枚だ。 「はーい、抽選券十枚ね。じゃあ福引は一回。んで、どっちが回すの?」 その場を仕切っている親父に聞かれて、ナルトが前に出る。頼んだわよ、とサクラがその背を叩いた。出すのは二等。でなけりゃ一等。そう強く念じてはみるのだが、先ほど見かけた赤い文字がひっきりなしに頭の中をよぎっていく。 いいなあ、旅行。いいなあ、浴衣。温泉入りたいなあ。ヤマト隊長の自腹で旅館に泊まった時は、指一本触らせてもらえなかったもんなあ。 もやもやとそんなことを考えながら抽選器のハンドルを掴み、がらりと回転させた。受け皿に転がり落ちた玉の色はといえば。 「おお!兄ちゃんやるねえ!ついに特賞出ましたー!」 鐘の音が派手に鳴り響き、背後の行列からは歓声が上がる。そんな中、ナルトとサクラの周りだけ、ひんやりと空気が冷たかった。 「……ナルト」 「……はい」 「あんた、温泉行きたいって思ったでしょ!」 「お、思ってない!腹いっぱい米食いたいってちゃんと思ったってばよ!」 「なぁに揉めてんの〜。温泉、二人で楽しんできなよ。はいこれ、特賞の旅行券ね!お申し込みは木ノ葉商店街でおねがいしまーす!はい、次のひとー」 親父から懸賞袋を手渡され、二人は列から押し出される。 行くあてのない旅行券を手に、どうしたものかと、しばし途方に暮れた。 ※女子からの胸倉ちゅーが好きなんだよね。 2010/04/03
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