鋼鉄ガール



鋼鉄ガール




 別に何があったわけでもないのだが、そういえば、と不意に気づいた。
 最近、サクラの泣き顔をとんと見ていない。
 アカデミーに居た頃は、泣いているサクラの姿を幾度か見かけた。どうにかして慰めてあげたいと思ったが、泣いている女の子に掛ける言葉なんてひとつも思い浮かばなかったし、黙って頭を撫でてあげればいいかな?とも思ったが、何せ自分は嫌われ者なのだから、近づきでもしたら更に泣かせてしまうかもしれない。せめて泣き止むまで見守っていようと、木陰でじっと佇むのが常だった。
 やがて、くの一クラスの山中いのが隣に居るようになると、泣き顔より笑顔を見る回数のほうが、ずっと多くなった。それ以来、ナルトはいのに一目置いていたりする。泣いている女の子を笑わせるのがどんなに困難か、ナルトは知っているつもりだ。
 同じ七班になってからも、サクラはしばしば泣いた。そのたびに、自分は涙腺が弱いのだと零していた。しかも、泣きはじめるとなかなか止まらない。そんなサクラを宥めるのは、カカシが一番得意だった気がする。年の功ってやつなのだろうか。ちょっと複雑な気分だ。
「涙腺ってさ、鍛えられんの?」
「……は?」
 食卓の上に今日の晩御飯をすべて並べ終え、サクラは向かいの席につく。いただきます、とお互い手を合わせ、同時にずっと味噌汁を啜った。
 うめぇ、と呟いてから、ナルトは先の話を続ける。
「最近さ、全然泣かないじゃん。だから、何か鍛えるようなことやってんのかと思って。お、これ美味いね」
 肉団子をひとつ頬張ると、ナルトの顔がぱっと輝いた。美味いものを食べると、ナルトは本当にいい顔をする。
「やっぱり?今日、実家に荷物取りに帰ったついでに、作り方聞いてきたのよ。どうしても食べたくて。柚子の風味がいいのよね」
「柚子?そんなの入れんの?」
 それを聞いてから、もう一つ肉団子を箸でつまみ、口に入れる。やはり美味い。柚子といえば、柑橘類だ。こたつのお供、みかんと同じ。口の中に広がる肉の風味と、どう考えても結びつかない。
「皮をちょっとだけ擦って入れると美味しいのよ」
「皮ぁ!?それって苦くね?食えんの?」
「あんたねぇ、今食べてるじゃない」
 肉の味だけがぎゅっと詰まったものも勿論好きだが、途中で飽きてしまうことがある。その点、この肉団子なら、いくらでも食べられそうだ。後味がさっぱりしているのが理由だろうか。
「さっきの話だけど、なんでそんなこと思うの?」
「サクラちゃんは泣いてる顔もキレーだから、見られないのはちょい勿体無いかな、なんて」
 なんとなく思っただけなのだから、サクラの問いかけには正確に答えられない。だが、そう思うのも確かだったので、口にしてみた。喜ぶかな?と思ったが、表情は変わらない。女性を褒めるのって、難しい。そう思いながら、ナルトは肉団子を頬張った。
「あんたが外で女でも作れば、泣くんじゃないの?」
「泣くかなあ?」
「多分ね」
「どーかなあ。能面みてぇな顔で、出てけって言うんじゃない?それで終わりそう」
 言いながら、ナルトはサラダに手をつける。それ見て、サクラは心の中でガッツポーズを作った。ナルトは未だに生野菜が苦手だ。だが、市販のドレッシングをやめて、自作のドレッシングに切り替えた途端、箸が伸びるようになった。手間をかけているのだと強調しているわけではないが、ナルトのこういうところは好ましいと思う。それに、顔もちゃんとにこにこと笑っている。どうやらこの味付けは成功らしい。ちょっとした匙加減で味が変わるため、手が抜けない。
「うーん、そうかも。荷物全部放り出さないといけないから、面倒だし。後々のこと考えると、泣いてる暇なんてないかもね」
「後々って?」
「次の男を探さないと」
「早っ!その時点でもうそこまで考えるの!?」
「一生愛に生きるって心に決めてるの。好きな男と添い遂げるのは、女の夢よ」
「そんなら、もう叶ったじゃんか」
 ぶすっと頬を膨らませ、つまらなそうにナルトが言う。
「だから、あんた次第なのよ」
 白菜の煮びたしをひょいと箸でつまみ、サクラは強い口調で断言した。
「泣かないのは、現状に不満がないから。もし泣くとしたら、それはあんたが不甲斐ないから。それでも見たいっていうの?」
「いやいや、それは勘弁」
「女の涙は強力な武器にもなるけど、あんた相手にそれは使いたくないの。あんまり言わせないでよね、こういうこと」
 憮然とした表情だが、頬がほのかに赤い。こういう時のサクラは、尋常じゃなく可愛い。うちの嫁は世界一だと叫びたくなるが、近所迷惑になるのでやめておく。
 泣き顔なんて見なくても、今、目の前で白飯を口に運ぶその顔を見ているだけで、自分は一生走り続けられるだろう。そのことに関しては、絶対の自信がある。
「ふーい、ごっそさん!美味かった!」
「お粗末様」
 サクラもそろそろ食事を終えるだろう。ナルトは席を立ち、台所に向かう。そして、とっておきなのだとサクラが言う茶葉を手に取り、食後のお茶の準備をした。





※メシを食っているだけの話を書きたかった。それだけ。



2010/01/09