婆ちゃんの湯呑み



婆ちゃんの湯呑み




 天地橋から帰った後、ヤマト率いるカカシ班には、日程のきつい任務が立て続けに割り振られた。それもカカシの不在が原因であり、穴を埋めるのはもちろんカカシ班の役目。だが、当のカカシが悪びれもせず「いや〜申し訳ないねぇ〜」といつもの調子で笑っているのだから、ナルトとサクラが怒るのも無理はない。それでもしっかりと任務をこなすのだから、二人とも成長をしているのだろう。
 だが、そんな日々も今日で終わりだ。里に帰ればナルトは新術の開発に取り掛かり、残りの班員は各々修行の日々となる。そこでヤマトは、班員をねぎらう意味も込めて、温泉街で一泊しようと提案をした。隊長であるヤマトはアメとムチの使い分けを得意としているようで、時々こうしたサプライズを用意する。部屋で報告書作成に取りかかるヤマトをよそに、早速ひとっ風呂を浴びたナルト、サクラ、サイの三人は浴衣に着替え、温泉街の土産物屋を冷やかしに行くことにした。
「へぇ〜結構にぎやかなところねぇ」
「オレ、エロ仙人とあちこち行ってる時に、こういうとこよく泊まったからさー。なんか懐かしーってばよ」
「はあ、いいわねえ……。こっちなんて、家と火影屋敷の往復だったわよ。あと、図書館?」
「そういやサイ、その頃のお前ってさあ、」
 すぐ後ろを歩いているはずのサイに話を振ったナルトだが、そこには誰もいなかった。
「んだよ、いねえし。まさか迷子か?」
 きょろきょろとあたりを見回すと、ずいぶんと後方で立ちすくんでいるサイの姿があった。どうやらそこは焼き物を扱う店らしい。画材以外にも興味を示すものがあったのか、とサクラは意外に思いながら、からころと下駄を鳴らしてサイに近づく。
「どうしたの?欲しいものでもあった?」
「いや、家で使っている湯呑みが割れちゃってね。いい機会だし、ここで調達しようかと思って」
「そういうことなら、いーところ紹介してやるってばよ!」
 名案を思いついたとばかりに、ナルトは胸を張る。
「何よ、変な店じゃないでしょうね」
「違う違う!行ってみりゃわかるからさ、ほらほら!」
 サイとサクラの手を取り、ナルトはずんずんと先へ進む。
「こーいうとこにはね、絶対あるんだってばよ。お、あった!あれあれ!」
 ナルトが指差す方向には、先ほどと似たような焼き物屋があった。ただし、店先にはテーブルと椅子がいくつか置かれており、温泉客と思しき老夫婦が筆を持っていた。ああ、なるほど、とサクラは合点する。
「あんたにしては気が利くじゃない。サイ、あそこで買おう。湯呑みのまわりに、好きな絵や文字を入れて焼いてもらえるのよ」
「へえ、そんなことできるんですか?」
「温泉街じゃあ、こういうのが名物なんだってばよ。ま、記念にもなるしな」
「そうなんだ。じゃあ、ここで買うことにするよ」
「なら、私も作ろうかな。日ごろの感謝をこめて、師匠に贈ろう」
「えー!じゃあさ、オレ!オレの作って!オレん家も湯呑みねぇの!」
 そういえばそうだった。ナルトの家には、コップならいくつもあるのだが、湯呑みはひとつもない。ナルトは基本的にお茶を飲まないし、湯呑みを必要とする来客もないのだろう。
「バァちゃんには、オレがとっておきの湯呑み作ったげるからさ。ねえ、だからオレの!オレの!」
 あんまり必死に頼みこむものだから、サクラも嫌とは言えず、しょうがないわね、と引き受ける。その返事を聞くなり、両手を挙げてバンザイをするのだから、笑ってしまう。
「じゃあ、何を描こうか?うずまき模様?」
「うんにゃ。これがいい」
 そう言って、ナルトは「なるとさいふ」と縫い付けられた財布、通称ガマちゃんを懐から取り出した。
「じゃあ、『なるとゆのみ』でいいかしら」
「全然オッケー!えっへへ。財布とお揃い!」
「言われた通り作るから、あんたもちゃんとしたものを作りなさいよ?変なの作ったらぶん殴るからね」
「はい!全身全霊を込めて作ります!」
「ならよし」
 そして、二人がようやく筆を持った頃。
「うん、こんなものかな」
「サイ、あんた……」
「うまい、うますぎる……」
 店の棚に並べても遜色ないほど綺麗に仕上げられた狛犬の湯呑みが、ことりと作業机の上に置かれた。




「ふむ、無事に完了したようだな。任務がつまっている中、よくやってくれた」
 ヤマトの報告に、綱手は満足そうに頷く。
「本日より、七班は待機となる。各々、疲れを取るように。ただ、サクラとサイは、臨時の任務が入るかもしれん。そのつもりで過ごせ」
「はい」
「わかりました」
「それから、ナルト」
「おう」
「私宛に、お前の名前で小包が届いているんだが、心当たりはあるか?」
「へ?」
 新術の件を切り出されるかと思い、身構えていたナルトだったが、肩透かしを食らって妙な声が出る。
「今朝方、綱手様宛に届いたんです。一応、処理班に通してはみたんですが……」
 綱手の傍らに立つシズネが、そう付け加えた。
「ああ、それね、オレが送ったの」
「あんった!直接師匠に送りつけたの!?」
「だってさー、びっくりさせたかったんだもんよ!」
 いつも通りのやりとりを眺めながら、綱手はふっと頬を緩ませる。
「ほら見ろ、爆発物ではないと処理班も言っていただろう?勘ぐりすぎなんだよ、お前は」
「すみません、今すぐ取ってきますので、こちらでお待ち頂けますか?」
 シズネは頭を深々と下げると、バタバタと火影室を飛び出した。
「わはは!まったくお前は、手紙のひとつでもつけておけばいいだろうに。考えが足りんのぉ!」
 たまたまその場に居合わせた自来也が、豪快にナルトを笑い飛ばす。
「うっせーってばよ!エロ仙人!」
「お前、一体何を送ったんだ?私は問題ないと言ったんだがな、梱包が厳重だったもんで、あいつら妙に警戒しちまってな」
「湯呑みだってばよ。温泉街でよくあるじゃん。絵とか字とか入れて、焼いてもらうやつ」
「お待たせしました!」
 バタンと勢いよく扉が開き、包みを解かれた木箱が綱手の元へ渡る。
「もうね、みんな驚いちゃうってばよ!すっごいの出来ちゃったから!」
「ほう、よほどの自信と見えるな。まあ、せっかくだから見てやろう」
 執務机の上に置かれた木箱に、皆の視線がじっと集まる。
 綱手は木箱の蓋を開け、梱包材に包まれた湯呑みを取り出した。
 湯呑みには、とても力強い文字で「綱手婆ちゃん」と書いてあった。
「どうよ!すっげーだろ!?」
「んなっ!こんのバカー!」
 電光石火の拳に、ナルトは火影室の隅へと吹っ飛ばされる。
「ええっ!?なんで殴んの!?オレってば、全部漢字で書いたのに!ね、ね、バァちゃんスゲーでしょ!?」
「あんたねえ!『綱手様』とか『五代目火影』とか他に色々あるでしょーが!それがよりにもよって……もう、あんたにはほんと呆れたわ!」
 ぷりぷりと怒っているサクラを横目に、自来也はナルトの傍らにしゃがみこむと、右手をそっと差し出した。
「お、サンキュ、エロ仙人」
 起き上がらせてくれるのかと思い、ナルトは手を伸ばす。だが、自来也はナルトの手を取ることなく、すいっと横に手をずらした。
「ワシのは?」
「は?ワシの?」
「だから、ワシの湯呑み」
「何言ってんだよ。んなもんあるわけねーじゃん」
「なんじゃい!師匠のワシには何もなしか!こぉの恩知らずが!」
「こんな時ばっか師匠面すんじゃねえってばよ!オレが修行してる間、いっつもくだらねえ本書いたじゃねえか!」
「お前、あのシリーズの凄さを知らんのか!あれは世界的ベストセラーだぞ!?続きを待っとる読者がごまんと居るというのに!」
「つーか、オレまだ16だから読めねーんだってばよ!」
 騒々しい二人をよそに、綱手はじぃっと湯呑みを見つめている。その背に怒りは感じられないが、その胸中たるや、さぞ複雑なことだろう。
「師匠、すみません!私があとできつくお灸をすえておきますので……」
「サクラ」
 執務机から少し離れた場所で、シズネはちょいちょいと手招きする。
「やっぱりまずかったですよね……はあ、やっぱりやめておけば……」
「大丈夫よ」
「え?」
「綱手様、気に入ってらっしゃるみたいだから」
 里を一望できる大きな窓に顔を向けているせいで、その表情は見えない。だが、付き合いの長いシズネがそう言うのだから、間違いないのだろう。
 綱手が使用する湯呑みは、その怪力からか、寿命が恐ろしく短い。一日で二つ三つ割ることもあるほどで、シズネは密かに頭を痛めていた。だが、ナルトお手製の湯呑みは、無下に割られることもなく、宝物のように愛用され続けたという。





※アニメの綱手様は、「綱手婆ちゃん」と彫られた湯呑みを使ってらっしゃいます。本当です。



2010/01/15