飲み干したジョッキをカウンターに置くと、憮然とした顔でサクラは口を開いた。 「こっちだって任務だし?そこは割り切ってやってるわよ」 午後九時を回った店内は、次の店へ場所を変える客もちらほら見える。そんな中、二人は二時間前と同じペースで杯を重ね、本格的に腰を据えていた。つい先ほど頼んだ長芋の漬物が、二人の会話を遮らぬよう、カウンターにそっと置かれる。この店の気に入ってるところのひとつだ。漬物の入った小鉢を手にとってナルトの方に寄せると、サクラは店員にビールを頼んでからナルトに顔を向けた。 「何思われようが構やしないし、任務が無事に終わればそれで良し。そんなことはわかってるの。だけどさ、日に日に顔が変わっていくのよね。しまいには、『こいつ、人間じゃねぇ!』みたいな空気になっちゃって」 うんうん、とナルトが神妙な顔で相槌を打つ。 「そりゃね、大岩破壊しましたよ。なんかこう、二十メートルくらいあるやつ?」 「任務だもんねぇ」 「一人で山賊縛り上げましたよ。向こうは五十人の大所帯だったけど」 「任務だもんねぇ」 きっちり二週間の護衛任務をこなし、にっこり笑って明朗会計。任務を果たした後は何食わぬ顔で里に帰り、サクラの隊は解散した。報告書を提出して、次の任務まで待機。寝て、食べて、修行して。出口のない鬱憤は、そんな日常生活の中にきちんと埋もれたはずだった。だが、酒の席でほんの少し話はじめたら止まらなくなり、こうしてナルト相手に吐き出しているというわけだ。迷惑な話だと、サクラとて思う。だが、それと同時に聞いてもらいたいと思うのも確かだ。 「べっつに気に入られようなんて思ってないけどさー」 空になったジョッキの傍らにこてりと顔を横たえて、サクラは息を吐く。違う意味で気に入られでもしたら、それはそれで忍びの適正に疑問を感じる。護衛とその対象の恋模様なんて、映画では格好の題材として持ち上げられるが、そもそもそんな匂いを醸し出してしまう方がどうかしていると思う。つり橋効果とはよく言ったもので、抗うことのできない心理状態を十分理解し、注意を払った行動をすべきだ。 たとえば、隣で一心不乱に枝豆を取っては食い、取っては食いをしているこの男。 オレがぜってー守ってやるってばよ!を決め台詞にして、非常に厄介な問題をいくつか持ち帰ったことがある。そのたびにカカシが注意を促すのだが、任務となると途端に頭から抜けてしまうらしく、同じことを繰り返すばかりだ。 「枝豆、美味しい?」 「この店の好きなんだよね。特別に味が濃いっつーかさ。あ、サクラちゃんも食う?」 そう言って、食い散らかした殻がごっちゃになった籠をついと寄せてくる。この様子だと、ろくに話を聞いていなかったに違いない。 「やんなっちゃうなーもー」 一生ここで枝豆食ってろ、と心中毒づいて、額をカウンターに押し当てた。 「歩けるから、おろして」 ナルトの背中におぶさった格好で、サクラは気まずそうに訴えかける。 「なぁに言ってんの。店出るときコケそうになったじゃん」 「それは……足元が暗くて……」 「わりと明るいんだけどね、あの店」 「ごめん、飲みすぎた」 観念して謝罪すれば、ナルトは快活に笑い飛ばした。 「飲まなきゃやってられないこともあるってばよ。オレとしてはサクラちゃんと長く一緒にいられたので、非常にお徳でした!それにさ、」 言葉を区切ると、サクラの顔が見えるように首を傾ける。 「サクラちゃんはオレが責任持って幸せにすっからさ。心配しなさんなって」 「あんたが〜?」 「うんうん」 「私を〜?」 「そうそう」 しばし沈黙が続いた後、サクラはナルトが着ているアンダーシャツの襟をおもむろに引っ張る。何してんだろ、と思いながらも、ナルトは特に構うことなく放っておいた。しかし。 「うっわあ!な、何してんの!?」 いきなり首筋に柔らかな感触が降ってきた。動揺のあまり、声がひっくり返る。 「何って、痕つけてんの。売約済みの印。でも変だな、うまくつかない」 面白くなさそうなその声に、ナルトの思考は完全に停止した。 痕ってキスマークかよ! 触れた箇所が熱を帯び、顔はもちろん首元まで真っ赤になっている。夜道の街灯に、あまり照らしてくれるな、と無茶な願いをせずにはいられない。 「あーもー、サクラちゃん大丈夫かよー」 サクラを背負いなおすと、ナルトは情けない声を出す。 酔っ払って記憶なくすことはないし、誰かとキスをするなんて、まずないわ。 そう力強く言い切ったのは、記憶に新しい。だが、酒を飲んでふにゃふにゃになっているサクラを前にすると、どうも不安になるのだ。普段はこれっぽっちの隙もなく颯爽としているため、酒を飲んだ時にのみ生まれるこの落差は、凶悪なまでに男心をくすぐってくる。これで落ちない男がいたら、胸倉を掴んで問い正したい。それでもお前は男なのか、と。 「何よ、まーた気にしてんの?あんた以外にするわけないっての」 からからと笑いながら、頭を軽くはたかれる。こうなってくると本気で心配だ。 「おっかしーなー。大体さ、つかないってことはないのよね。つまりは、肌を鬱血させりゃいいわけだから……」 ひとりごちながら、探るように一回。強めの刺激を加えて、もう一回。幾度かそれを繰り返したおかげで、ようやく感触に慣れはじめた頃。 「お、成功!ようやくついた!」 無邪気にはしゃぐサクラを背に、ナルトは泣き笑いをしたい気分になった。 ※こんなことで悩むのかしら、と思いつつも書いてみる。ちなみに春野さんは酔っ払ってるため、自分が何してんのかよくわかってません。 2009/10/23
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