鬼の霍乱



鬼の霍乱




 誰かの気配に、身体が自然と覚醒する。
 これだけの高熱を出しながらも、長い時間をかけて磨いた感覚は正確に反応を示してくれる。忍びの性とは便利なものだ。心配した母親が見舞いに来たのだろうか?だが、病院からわざわざ実家に連絡など行くだろうか。うまく働かない頭が、それでもあれやこれやと選択肢を広げた。
「サクラちゃーん、入るよー」
 玄関ドアの向こうから聞こえるナルトの声に、ああ、と気が抜ける。そういえば、合鍵を渡してあったはず。使った試しがほとんどないため、真っ先に顔が浮かばなかったのだ。ある時など、部屋に入って待っていてと言っておいたのに、なぜだか玄関ドアの前で丸くなっていた。他人の家に行き慣れていないこともあり、中に入っても落ち着かないのだそうだ。
 返事を待たずして、ナルトが部屋に入ってくる。解熱剤と点滴のおかげで、今朝より身体はだいぶ楽になっていた。あとは発熱の疲れが取れれば、やり過ごせそうだ。
「師匠から聞いたの?」
 首を横たえ、玄関でサンダルを脱いでいるナルトに尋ねると、そうそう、と威勢のいい声が返ってきた。
「もうさー、びっくりしたよ。過労だって?いっくらサクラちゃんが優秀だからって、ばあちゃんコキ使いすぎ!」
「師匠は関係ないわよ。単なる私の落ち度」
 過労からくる高熱で、中忍昇格以来はじめてのダウン。任務に慣れない頃はちょこちょこと熱を出したのだが、体温計を振り切るほどとなると、話は別。砂漠の外気温より体温が高いのだから、尋常ではない。体調管理には自信があったのだが、自分もまだまだということだ。危うい足取りで病院へ向かう道すがら、ほとほと反省をした。
「飯食える?喉痛いから無理?」
「風邪じゃないから、喉は平気。ご飯は……どうだろ。おなかすいてるのかな。でも、吐き気はないし食べておいた方がいいわね」
 点滴で栄養は補給したが、基礎体力を戻すには食事が基本だ。家にあるもので、何か適当にこしらえよう。寝床から出ようとするサクラの耳に、ビニールの擦れあう特有の音が届いた。
「何か買ってきてくれた、とか?」
「うん。無駄にならなくてよかったー。冷蔵庫借りていいかな」
「もちろん。すごい助かる」
「オレ、あんま病気しねーからさ、何買っていいのかイマイチわかんなかったんだけどね。病人食っつーとおかゆって聞くけど、それじゃ力出ないでしょ。うどん作ろうと思って。消化いいしさ」
「え、ナルトが作ってくれるの?」
 ほんとはラーメンが一番いいんだけどねーと、冗談なんだか本気なんだかわからないことを言いながら、ナルトは袖をまくった。




「うどん一丁、お待ち!」
 一楽の店主を真似た声に、思わず笑いがこぼれる。
「すっごい似てる」
「オレってば、超常連だし。毎日聞いてりゃ声も似るってもんよ」
 丸テーブルの上にどん、とラーメンどんぶりが置かれる。どんぶりの中を覗けば、まさに男の料理。ぱっと見た限りでも、鶏肉、玉ねぎ、しめじ、豆腐、卵と具沢山だ。色合いなんて関係ないとばかりに色々と入れてある。しかもこれが、絶妙に美味そうだったりする。
「結構自信あんだよね!食べて食べて!」
「じゃあ、有難くいただきます」
 箸を持って、ナルトに一礼。
 匂いからして、かつお出汁だ。箸で掬い、つるりと一口。昨夜から何も口にしていないこともあって、箸は止まらなくなった。ナルトはそんなサクラの様子を、真向かいに座ってニコニコと眺めている。あんたこれ、どうやって作ったの。
 人生が終わる最後の日に食べたい料理は何かと聞かれたら、迷わず母の手料理だと答えてきた。できれば煮物がいい。毎日食べ慣れた味だが、まったく飽きがこない。それがどんなに難しいことか、よく知っている。だが、しかし。
 お母さん、ごめんなさい。
 このうどんには勝てません。






※病気をした時の飯って、忘れられない。おかゆは基本ですが、鶏雑炊やにゅうめんなんかもいいね。




2009/10/18