胸いっぱい



胸いっぱい




 ご馳走様、と満面の笑みで手を合わせた後、ナルトはごく自然に食器をまとめて流しに運ぶ。こういう時、この人と一緒に暮らしたらどうなるだろう?とサクラは想像する。
 ナルトは、ずっと一人で生きてきた。料理も掃除も洗濯も、誰かの手を一切借りない。そもそも、そういう発想がない。深く刻まれた生き方は、任務に向かう姿勢にも嫌というほど反映された。下忍時代、一人で何でも片付けようとするナルトを叱るのはサクラの役目だった。元々そこにない発想を植えつけるのに、どれほど苦労したか。
 一人で出来ないことを、二人でやる。一人で出来ることも、二人で分け合う。
 そんな風に暮らせるのかしら。ほうじ茶の蓋を空けながら、サクラは思った。
「オレ、近々引っ越そうと思うんだ」
 二人分の食器を洗う手を一瞬だけ止めて、ナルトが言う。
「へぇ、いいじゃない」
 きっと、ベランダの広いところを選ぶだろう。アパートの一階、縁側のついた部屋なんかいいかもしれない。カーテンを開けたら、庭にたくさんの緑。ナルトにはそれがよく似合う。
「今のとこよりもっと広くて、部屋がふたつあるとこ。2LDKって言ってたかな?」
 そこでサクラは、茶葉を掬う手を止めた。部屋がふたつ。ひとつではなく、ふたつ。
「オレ、そこで待ってようと思うんだ」
 食器はすでに洗い終えたらしい。しんと静まった部屋に、その言葉はとてもよく響いた。
「サクラちゃんがオレんとこ来るの、待ってる」
「そこって……一緒に暮らす予定の部屋、なんだよね?」
「そうだと嬉しい」
「ナルトが一人で決めるの?」
「そりゃもちろんサクラちゃんにも見てもらって、二人で決めたい。良ければ、だけど」
「一緒に決めた部屋で、一人で待つの?」
 無言で、こくりと頷いた。優しい顔だけど、どこか寂しい。
 待ってる、なんて言っておいて、どうしてそんな顔をするのだろう。
 たまらずに抱き寄せたくなるが、何とか堪える。今は、甘やかすタイミングじゃない。なあなあにして受け入れてしまったら、この後が辛くなるだけだ。根付いた生き方が簡単に変えられるはずもなく、今でもナルトは自己完結をしてしまう傾向がある。言葉にしなくたって平気。そう思い込ませてしまったら、いつしか溝ができるのは当然のこと。
「ねぇ、ナルト」
「ん?」
「言葉が欲しいな。前にも貰ったけど、もう一度。そうしたら、私も言葉を返すから」
 以前貰った「一緒に暮らしてください」という言葉にサクラは頷くことなく、待ってもらった。だから、今度はサクラの方から言えばいい。それが筋だとわかっている。けれど、あの時の幼い切実さとは違った言葉を、覚悟を、聞かせて欲しかった。
「自信がさ、ないんだよね」
 ナルトは床をつま先でとんとんと叩き、ごまかすように笑う。
「前はあんなに簡単に言えたのになー。今ならオレ、あの時サクラちゃんが頷かなかったのもわかる気がするんだ」
 床に落とした視線を持ち上げ、サクラを見る。
「オレさ、誰かと同じ屋根の下で暮らしたことがないんだ。オレだけの家で、オレだけのルールに従って生きてきた。でも、今度はそれじゃダメでしょ?フツーの暮らしってのが何なのか、正直わかんねぇ」
「それが怖い?」
 サクラの問いかけにしばし迷ったのち、こくりと頷く。
「私もね、実は怖いの」
 その言葉に、ナルトは声もなく目を瞠った。
「あんたの前で気取ってるつもりはないんだけど、やっぱりね、まだ見せてない部分もあるのよ。情けなかったり、だらしなかったり。そういうとこ、見せたくない」
「サクラちゃん、意外とかっこつけだから。そういうとこ、サスケと似てるよな」
「似てないわよ」
「いーや、似てるね。だって、オレの好きなとこだ」
 ニカリと笑うと、ナルトは台所を離れ、サクラと向かい合わせになる。
「へへ、顔真っ赤」
「……うるさい」
 俯くサクラの髪をさらさらと弄び、ナルトは自分を納得させるようにひとつ頷いた。
「そうだよなぁ。ビビってちゃ、何にもできねぇもんな」
 そして、サクラの頬を両手で挟み、視線を合わせる。
「ねぇ、サクラちゃん。一緒に暮らそっか。おっかねぇけどさ、今まで何とかなったんだから、これからだってきっと大丈夫。それにサクラちゃんが言う『まだ見せてない部分』っての、オレってばスゲー見てみたい。今よりもっと好きになるんじゃねえのかな?お、そう思うとなんか楽しみになってきた。って、うおっ!?」
 飛びついてきたサクラに驚きながらも、ナルトはしっかりとその身体を受け止める。サクラは返事をしようにも声にならず、ぎゅうっとナルトにしがみつきながら、うん、うん、としきりに頷くばかりだ。宥めるように背中を擦ると、肩の震えはいよいよ止まらなくなる。
「待っててくれて、ありがとう」
 涙の詰まった鼻声に、ナルトは笑いを堪えながら、どういたしましてと答えた。






※私の書く話は、時間軸が見事にバランバランですね。どうか、フィーリングで読んでいただきたい。そういやサニーデイ・サービスに同名曲があったなぁ。あれは失恋の歌だったけど。「LOVE ALBUM」は今でもずぅっと聴いてる。




2009/10/13