両手いっぱい



両手いっぱい




 秋の風に乗って、ふわりとあまい匂いが鼻をかすめた。そういえば、からころと軽い音もかすかに聞こえる。
「あんた、何か食べてるの?」
 隣を歩くナルトは、無言で舌をべろりと出す。舌の上には、オレンジ色の飴が乗っていた。
「今日の任務でさ、帰りに依頼主がもってけって」
 ごそごそと右のポケットを探り、ほい、とサクラに向けて差し出す。握った拳を開くと、色とりどりの包装紙が目に飛び込んできた。
「サクラちゃんにもおすそわけ」
「そんなにはいらないんだけど……」
「こっちにも山ほど入ってんだよ。なんかね、すげーいっぱいくれたの」
 ぽん、と左側のポケットを叩いて、ナルトが言う。
「それって、薬のおじいちゃんとこ?」
「そうそう。じーちゃん先生んとこ。よくわかったね」
 七班時代、任務でよく行った。里はずれに住んでいる偏屈な老翁だが、薬学に精通した元学者で、綱手も一目置くほどの博識なのだ。その住処へ薬の原材料や調合品を届けたり、逆にそこから里へ持ち帰ったり。それが任務となる。扱う荷物が希少価値なために高ランク任務となっているが、比較的安全性の高い道を使うことから、下忍スリーマンセルのおつかい任務によく振り分けられる。重要性をいくら言って聞かせたところで、ナルトがそういった任務に頷くわけがない。きっとゴネにゴネて、五代目を怒らせたはず。明日あたり謝っておかねばなるまい。
「おじいちゃん、元気だった?」
「元気も元気。今回は受取りの任務だったんだけど、あれも持ってけ、ついでにこれもって、どんどん詰め込んでくの。持ち帰った荷物見て綱手のばーちゃんは喜んでたけど、こっちの身にもなれっての!」
「そうそう、結局いっつも大荷物になるのよね」
「んで、もう帰るからなって念押したら、両方のポケットにしこたま飴突っ込んでくるしさぁ!オレってば、もうおやつで喜ぶ年じゃねーってのに!」
 これもよく覚えてる。あの老翁は届け物をするたびに、何かしらおやつを持って帰らせるのだ。カカシ先生がどんなに断っても、「いいから持っていけ!家にあっても捨てるだけだ!」なんて言って、無理やり持たせる。きっとおつかい帰りの子供に持たせるため、歩きながら食べられるおやつを常備しているのだろう。それをつまみながら里に帰ったのは、今でもいい思い出だ。甘いものには一切手を出さなかったサスケだが、おかきやせんべいの類は好んでかりこり食べていた。いつも大人びているサスケが、その時は妙に年相応に見えて、サクラにはそれが嬉しかった。
「今食べてるくせに。よく言うわよ」
「これはさぁ、ほら、腹が減ったもんだから……」
「それに、誕生日が来たから何かしてあげたいって思うぐらいには、可愛がられてるってことでしょ。そういうのって、嬉しいわよね」
「へ?誕生日?」
「今日って11日でしょ?多分そういうことじゃないかな」
 ナルトの誕生日を知らぬ者は、この里にいない。いつもよりだいぶ多めの差しいれは、祝う気持ちがあるからだろう。思いがけない言葉をもらい、ナルトは手から溢れんばかりの飴玉をじいっと見つめる。
「やっぱり、オレが全部食おっと」
 そう言って、それらを一つ残らずポケットの中に戻した。
「ん、それがいいと思う」
「あー、しっかし腹減ったなー」
 頭のうしろで両手を組み、ナルトはことさら大きな声で主張する。照れ隠しなのだろう、横顔が少し赤い。
「春野さん家の今日の夕食は?」
「昨日作ったスープが残ってるから、あとは適当に」
「和食?洋食?」
「んー、洋食かなぁ」
 冷蔵庫の中身と買い置きの野菜を頭に浮かべながら、サクラは答える。
「オレ、サクラちゃんが作ったグラタン好きだなー」
「やっぱり和食にしよう」
「肉じゃがとかいいよねー。野菜あんま食わねーオレでも、食が進むってもんですよ」
 つい昨日、誕生日の祝いをしたばかりだというのに。実家を出てからというもの、ナルトと食事を共にすることが多くなった。互いの家に入り浸るのはだらしがないと思うが、誰かと食卓を囲むのはやはり楽しい。
「食材、あんた持ちだからね」
「やーりぃ!今日もサクラちゃんの手料理っ!」
 ニッと笑うと、口の中の飴玉をからころと鳴らした。






※そういや、いつだったかのアニメおまけで、いのちゃんが「飴ちゃん」と言っていた。その言い方は、関西住まい限定でしょう。脚本家のミスだろうか。かわいいからいいけどさ。飴ちゃんビスコちゃん。




2009/10/11