ふたりぼっち



ふたりぼっち




 唐突な雨だった。
 春雨の季節はとうに過ぎ去り、大きな雨粒はしたたかに身体を打ってくる。なんとか空き家の軒下へと逃れたナルトとサクラだが、肩の辺りや足元はしっとりと濡れていた。サクラは額宛を外すと、手ぬぐいで雨露を払う。だが、手ぬぐいはすぐに使い物にならなくなった。水気を絞ってそれを仕舞うと、なんとなく手持ち無沙汰になり、二人は黙る。天地橋での任務に失敗して以来、二人きりで落ち着いて話すのは初めてのことだった。
 やまないね。そうだね。
 雨粒より小ぶりな会話がぽつりと落ちる。雨足は強くなるばかりで、外へ出ればあっという間に濡れ鼠になるだろう。両肩を抱えて寒そうにしているサクラが、くしゃみをひとつした。このままでは風邪を引いてしまう。ナルトはごそごそとポケットを漁り、目当てのものを探り当てると、手のひらに乗せてさっとサクラに差し出した。
「はい、これ」
「何?」
「オレん家の鍵。雨宿りに使ってよ。このままだとサクラちゃん、風邪引いちゃうってばよ」
「え?あんたは?」
「オレはここでいいってば。風邪なんて引いたことねーし。ちぃっとばかし汚いけど、そこは勘弁な。タオルはね、タンスの一番下。ああ、心配しないでもちゃんと洗ってあるから、」
「そういう問題じゃないの!」
 この雨の中、家主を外に放っておけるわけがないだろう。ナルトの反論をぴしゃりと遮ると、その手首を掴む。
「いいから急ぐわよ」
「う、うん」
 雨足は先ほどよりやや弱くなっている。これ幸いとばかりに、二人はナルトのアパートへと急いだ。




「オレ、雨男なんかなあ」
 窓の外をぼんやりと眺めながら、ナルトが呟いた。それは完全なる独り言で、返ってくる答えを期待しないものだった。
「どうして?」
 サクラの問いかけに、ナルトははっと我に返る。いつまでも降り続く雨に気を取られ、サクラがこの部屋にいることを完全に失念していた。己の失言が腹立たしい。きっともう、ごまかすことはできないだろう。ナルトは腹を括り、思い切って口を開く。
「いつも、雨なんだ」
 無理に明るい声を作ろうとするが、失敗した。空元気を作る気力もない。今日は大して修行もしていないというのに、ひどく疲れていた。たぶん雨のせいだ。
「三代目のじいちゃんの葬儀も、あいつを止められなかった時も。大事な人が居なくなるときは、いっつも雨が降ってる」
「嫌いなの?」
「好きじゃない」
 昔から雨はいやだった。外で遊べないし、修行もできない。たとえ外に出たとしても、雨音に邪魔されて声は聞こえず、どんよりと暗い雲が視界を遮る。結局、一人きりで部屋に閉じこもるしかない。雨の日は、よりいっそう孤独だ。
「雨の日は図書館」
「へ?」
「お弁当と水筒を持って、図書館に行く」
「イルカ先生と同じこと言ってる」
 アカデミー時代、雨の日は本を読めとイルカに言われたことがある。しかし、元々字を追うことが苦手なのに、そんなことをしたらもっと気が滅入ってしまう。ベッドにごろんと横になって、まんじりとしない時間を過ごすほうが、よっぽどマシだった。そういう時間の過ごし方は、不本意ながら慣れていた。
「今ならきっと、サイがいる。シカマルが書架のすみっこで寝てるかもしれないし、いのに会ったらそうねえ、軽口を叩き合った後、傘を持ってどこかお茶に行くかも」
「本、読まないの?」
「読んでも読まなくてもいいの。誰か居るかなーって、見に行くだけでも。そういう場所でもあるのよ、あそこは」
 ナルトの目に、好奇の色がほんのりと浮かぶ。
「もし誰もいなくても、私がいるわ。特に雨の日は、絶対」
 ずっと強張っていたナルトの口元が、ようやくわずかに緩まった。両の目は薄く細まり、微笑みらしきものを作る。しかし、うまく笑えていないようだった。読んでいた雑誌を閉じると、サクラはナルトの側に寄る。
「片手でいいなら、貸したげる」
 立ったまま手を伸ばし、ベッドに腰掛けるナルトの頬に右手を添えた。そこからわずかに伝わるサクラの体温を確かめるように、ナルトはじっと頬に感覚をこらした。
「私の左手は、サスケくんの腕を掴むためにあるの」
「うん、そだね」
「で、右手はね、あんたのためにとってあるから。泣きたくなったら、この手使いなさい」
「優しいなあ、サクラちゃんは」
「優しかないわよ。だって、片手だけよ?」
「片手だけで、じゅーぶんだってば」
 ニシシ、とナルトは笑う。さっきの泣きそうな笑い顔より、その方がずっと良かった。二人が黙ると、窓や壁に隔てられてくぐもった雨音が部屋中に広がる。
 雨は、まだやまない。






※雨の日は、世界に取り残されたような気になる。そういうナルサク。



2009/07/09