忍具の調達に行く道すがら、赤いフェイスペイントを施した黒装束が、忍犬を伴って大通りを歩いているのが見えた。向こうはこちらに気づいていない様子で、忍犬になにやら話しかけては笑っている。ここが木ノ葉でなければ、異様な光景として映るに違いない。 途中で道を折れることなく、キバは真っ直ぐ歩いてくる。すれ違うまで、あと数メートル。待ち合わせまでまだ間があるし、挨拶のひとつでもしておくか。テンテンは、ひらひらとキバに向かって手を振ってみせる。 「おーい。今日は非番?」 この距離だ、声が届かぬはずはない。だというのに、キバは足を止めるどころか、ちらりと顔を見やっただけで、テンテンの真横を素通りしていった。先輩を無視ですか。いい度胸していやがりますね。 「こぉら!何シカトこいてんのよ!」 「いっで!誰すか、あんた!いきなり何すんの!」 叩かれた頭を押さえて、キバは不可解な表情でテンテンを見る。それは、まったく知らない人間と対峙した時の瞳だった。まさか、記憶喪失?なんてベタな。目を合わせた一瞬の間に、テンテンの脳裏を様々な憶測が駆け巡るが、キバが取った次の行動で、ようやく思考は収束を迎える。ひくりと鼻を動かすやいなや、キバは目を瞠り、無遠慮な視線で上から下までテンテンを眺めたおしたのだ。 「え!まさか姉さん!?」 「じゃなかったら、誰だっつのよ」 「正直ビビった!いやー、髪型変えると全然違うんすね。へーすげえなあ」 動きにくいというただひとつの理由で、テンテンはいつも髪をまとめている。忍びたるもの、常に身軽でなければならない。それがテンテンの信条であり、徹底されていた。唯一例外なのは、身体を休ませることが任務とされる時だ。限界まで高めあげた感覚を解放するのと同時に、纏め上げた髪も解く。そうすることで、ようやく休息を迎えられるのだ。 「そんなに違うかなぁ」 肩を流れる毛先をつまむと、違いがわからないという顔で首を捻った。 「オレ、外見だけじゃわかんなかったっすよ。あれはね、シカトしたんじゃなくて、マジでわからんかったの。ご理解いただけますかね」 「そか。殴って悪かった。ごめんごめん」 先ほど殴り飛ばした箇所を、よしよしと撫でてみる。 「ところで姉さん、これからお出かけっすか?」 「まあね。人と待ち合わせてんの。これから、」 「あらヤダ!ちょっとデート!?隅に置けないっすね!」 忍具の調達に、と続けるはずが、キバのやけにカン高い声に遮られた。 「相手誰っすか。オレの知ってる人っすか。あ!大丈夫!後をつけたりなんてしませんから!」 「あのさあ、」 「はい、なんでしょう!」 目を輝かせて敬礼なんぞをしているバカな後輩を前に、まず、盛大なため息をひとつ。そして、溜めに溜めた後、冷めた低い声を発した。 「あんた、ウザい」 「それはあれかな?照れ隠し的な?」 空気を読むことなく、いまだ妙なテンションを引きずっているキバに、とどめの罵声を浴びせる。 「本気でウザいっつってんのよ!この犬バカ!腕のいい研ぎ師を紹介してくれるっていうから、ネジと待ち合わせてんの!」 「あれ?日向って、研ぎ師の世話になるの?基本、これでしょ」 そう言ってキバは、点穴をつく手振りをする。 「任務でクナイを使うこともあるし、屋敷の警備なんかでは、他の武具も使うんじゃない?よくわかんないけど。とにかく、日向御用達なんだってさ」 「はー、研ぎ師ねえ。ふーん。なんだ、つまんねぇな」 「つまんないって、あんたねぇ……」 「あ、いや、これは言葉のアヤでして。なんかないっすかね。同期の連中に女ができた!とか、その手の話」 「あんたら、全然ないの?」 「悲しいことに、まるでありません。唯一のモテ男は里を出ていっちまいましたし。シカマルは女なんざめんどくせーだし。チョウジは食い気ばっか。シノは……よくわからん」 「あれ?ナルトは?」 「あれは除外」 「なんで」 「ほら、ねえ、永遠の片思い的な」 「春野サクラ?」 「ハイ、正解」 「あの二人、ダメそうなの?」 サクラちゃん、サクラちゃん、と子犬みたいに追いかけ回すナルトの姿は、今でも容易に思い出せる。あれから二年経ち、修行の旅でそれなりに成長したのだろう、あからさまな態度には出さないが、サクラへの気持ちは今でも変わらない。相も変わらず周囲に駄々漏れだ。面と向かって問いただしたことはないが、サクラとてまんざらでもだろう。二人の絆が、やがて情愛に変わるのも、時間の問題だと思っていた。 しかし、キバの話を聞くと、そう上手くもいっていないらしい。 「ダメっつーか、動かないす。サスケが帰ってこない限り、動けないでしょ。あいつら二人、変なしがらみできちまってるから。サスケがもし戻ったとしても、どうかなあ」 「今度は、三人揃って動けなくなる?」 キバは、こくんとひとつ頷いた。 「だから、サスケが戻る前にくっついちまえばいいんじゃないかと、オレは思うんすよ。置いてかれる寂しさってのは、尋常じゃないでしょ。寂しかったら、誰かと居たくなる。誰かと一緒に居たら、今度は寄り添いたくなる。それって、そんな悪いこと?」 「むしろ、そうなるのが自然かもね」 「あいつら、なんか罪悪感みたいなもん抱えてるんじゃねえのかな。サスケが戻るまで、何ひとつ変えてやるもんかって意固地になってやがる。そんなの、さっさと放り投げちまえばいいのに」 キバは顔を顰めて、吐き捨てる。きっと気に入らないのだ。二人の有り様が。里を捨てた男に振り回されるのを、これ以上見ていられない。そんな感じだろうか。 「もうさあ、いっそヤっちまえばいいんすよ。姉さんもそう思わない?だって、それって動物の本能だし。ヤったらヤったでまた別の問題が出てくるかもしんねえけど、そんなの考えたって仕方ねえじゃん。そうそう、もうね、ヤっちゃえばいいよ。うん。ナルトの奴も何してんのかねえ。大体、あいつちゃんと抜いてんのかよ。エロ本差し入れしても、反応薄いし。いざって時にガッついてサクラにドン引きされたら、泣くに泣けねえっつの。あいつに似てる写真って、あったかなあ。今度物色してみよう」 「キバ君さ、」 「うす」 「このまま静かに里を出るといいよ。私が引っ掻き回して、多少は時間稼ぎしてあげるから。その後はそうねえ……火影様に泣きながら嘆願して、追い忍は最小限の数に抑えてもらおうかしら。赤丸は、私が責任持って面倒みるから」 「……え?何言ってんすか?」 「私の目の前から永久に消えてって言ってんの!あんたねえ、私のこと女と思ってないでしょ!何なのよ!そういう話、女に向かって普通する!?」 「だって姉さん、女扱いすんなっていつも言ってんじゃん」 「そりゃ任務の時でしょ!もう、いい。あんたと話してると頭痛くなってくる。じゃあね」 途中までは、色々と考えているのだな、と感心したのに。あまつさえ、仲間思いのいい奴だ、などと思ってしまった。最後まで聞いてしまった自分がバカだったのだ。数分前、少しでも胸を痛めた自分に、全力で謝って欲しい。 「え、何、もしかして怒ってます?」 キバは、テンテンの後ろをてれてれとついて歩く。こいつ、このまま一緒について行く気だろうか。 謝りますからー。ごめんなさーい。 無駄に語尾を延ばすその声が、ひどく癇に障った。 ※春野さんとナルトは、同期の目から見たらどう映るのだろうか。二人にしか共有できない苦しみだから、周囲は何も言ってあげられない。きっともどかしいだろうな。 2009/05/08
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